某月某日
[click to snapshots] およそ予測不可能な動きをする、子供、小動物、は苦手だ。
特にネコは意味が分からない。そういうものを、たけるのはよして欲しいし、そのまま居座って寝ようとするのもやめて欲しい。
なんか手が涼しいと思ったら、この生きものは涎をたらしてるぞ。
寝るな。
Photo: "猫" 2008. Tokyo, Ricoh GR DIGITAL, GR LENS F2.4/28.
Photo by sombody.
某月某日
[click to full size photograph] 九段下から千鳥ヶ淵に少し歩いた、公衆トイレの裏側辺り。なんか、人だかりがしている。おかしい、何度も来ているが、ここから何か良い景色が撮れるはずはないんだけど。
あえて、その人だかりに突っ込んでみた。近くのおばちゃんカメラマンの会話が聞こえる。つまり、ここからだと、桜と東京タワーが一緒に撮れるのだという。本当だ、九段のこんな場所から、東京タワーが見られるとは思わなかった。
見上げた観光客魂というか、見る人は見てるんだなぁと感心する。そうして、僕も周囲のご同輩に会わせてシャッターを切る。なんだか、一緒にバスツアーにでも来たような気がしたよ。で、このキモチワルイ絵はがきみたいな写真が出来上がってきた。
日本土産にどうでしょうか。
Photo: "春景4" 2008. Tokyo, Japan, Contax RX, Carl Zeiss Vario-Sonnar T* 35-135mm/F3.3-4.5(MM), Kodak EBX.
某月某日
[click to snapshots] 鈍感は、才能なのだと思う。
それが例え自分や、他人を踏みにじるものであったとしても、生き延びることができるだろう。
得るものも、感じるものも、少ないかも知れないけれど、つらくは無いだろう。
Photo: "タンポポ" 2008. Tokyo, Ricoh GR DIGITAL, GR LENS F2.4/28.
某月某日
[click to full size photograph] 満開の桜を、携帯電話で撮る人は驚くほど多い。
画質は良くないし、残らないかも知れない。でも、今ここで伝われば良い。フィルムカメラの対極にあるようなもの。
写真は誰かに伝えるためのものなのだとすれば、写メっていう使い方は、それはそれで凄くストレートで正しいんじゃないかと思う。
僕も、携帯で何枚か写真を撮った。でかいフィルムカメラを 2つも首から下げて、なおかつ携帯をかざして写真を撮っている姿はかなりマヌケだ。そうして、結構(携帯にしては)うまく撮れたものを何人かに送ってみた。暫く経って、何気なくそれを待ち受けにしてくれている人を見つけて、それはそれで、わりと嬉しかったのだ。
Photo: "春景3" 2008. Tokyo, Japan, Contax RX, Carl Zeiss Vario-Sonnar T* 35-135mm/F3.3-4.5(MM), Kodak EBX.
注:背景の桜が「加工してる?」的な写りだが、これはまぎれもなく Zeiss 暈け。
某月某日
本日の進歩。
生まれて初めてマインスイーパーを解いた。
某月某日
[click to full size photograph] 土手の上で、花は一斉に咲いていた。草木が春を纏っていた。
この瞬間のために、誰かが装わせたかのようだった。
現像が上がってきた翌日、僕はそのうちの何枚かを印刷し、クリアファイルに入れて出かけた。ちょっと試してみたかったのだ。
その人に、三枚並べて見せて、全く何の迷いもなく選ばれたのは「This one!」この写真だった。日本的憂い、と僕が勝手に思っている写真(下の方に載せてある写真だ)はダメだった。一押しだったのだが。
なるほど、見た目は日本人として動いていても、英語が基本思考言語になっている人の感性は、どっちかと言えば、より explicit な表現を好むと言うことだろうか。谷崎潤一郎の陰翳礼賛も形なしといったところだろうか。人の感性が膨大な文化的文脈の中で形成され、受け継がれていくとして、桜の綺麗さというのはどこまで普遍的なものなのだろうか、、。
「なんていうか、私の着てる服とかもこんな感じのがあったでしょ」(と、英語で言っている)
ああ、あの白ゴスみたいなやつですか。なるほど、ごもっとも。
Photo: "春景2" 2008. Tokyo, Japan, Contax RX, Carl Zeiss Vario-Sonnar T* 35-135mm/F3.3-4.5(MM), Kodak EBX.
某月某日
[click to full size photograph] 早朝の堀端は、カメラを手にした人々でごった返していた。にもかかわらず、朝の冷たい空気と、ひときわ静かな桜の花のせいで、騒々しい気配は無かった。全てが、静かで澄み切っていた。
誰もが同じものを撮っている。誰もが美しい桜の姿を創造しようと、撮っている。奇妙な熱気の中で、人々はファインダーをのぞき込み、桜と自分だけの会話をしようとする。沢山の人が居るのに、誰もお互いを見ては居ない。ただ、桜に魅入られるようにシャッターを切っている。
僕も同じ事だ。浅ましいな、と少し思う。
結局、東京で桜が咲いて空が晴れたのは、この日のこの一時だけだった。上がってきたフィルムに写った桜の景色は、今までとは少し違っていて、それは、いつもとは違うレンズを使ったからというだけでは、無いように思えた。
Photo: "春景1" 2008. Tokyo, Japan, Contax RX, Carl Zeiss Vario-Sonnar T* 35-135mm/F3.3-4.5(MM), Kodak EBX.
某月某日
[click to snapshots] ゴスッ。
という音がして、目の前が暗くなった、真昼の大手町。
ビル風に煽られて落下したタコス屋の看板が、僕の顔面を直撃したのだった(しかも角)。
タコス売りの車に、OL が並んでいたので、これはまあ少なくとも不味くはない(そして腹もこわさないだろう)と思って、並んでみたらこれか。まあ、女子の顔面に看板が当たるよりは良かったかもね、、。
タコス屋の看板に当たったことは無かったので僕はかなり動揺していたが、店員はもっと動揺していて、チーズと挽肉が沢山乗ったナチョスをもらったよ。
ファーストスクウェアの広場には、植え込みの中に、なんとなく腰掛けられる段差があって、そこに落ち着いて、タコライス(沖縄料理だが)、ツナのタコス(本場には無さそうだが)、もらったナチョス(Tex-Mex だ