今日の一言。
2008年 3月の一言 

某月某日
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開花
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変な言い方だが、今年の桜は客観的に言って凄い。一気に開花したせいかしら?と言っている人も居たが、なんにしても花が少し大ぶりで、淡い白色の透明度が高い。嬉しい人も、悲しい人も、普通の人も、忙しい人も、暇な人も、今年はちょっと見ておいた方がいい。



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毎年、僕は千鳥ヶ淵に撮りに来ていて、まあ、今年はちょっと早く行ってみようと思い立って、8時少し前に九段の駅に降り立った。朝の千鳥ヶ淵には、驚くぐらいのカメラ軍団が溢れていて、東からの太陽の光を受ける斜面に、一斉にレンズを向けていた。朝の光を捕まえるのは、撮影の基本、と言うわけだ。

レンズを向けて直ぐ気がついたのは、花の色の強さ。元々、色らしい色のない桜の花だが、透明感が違う。毎年来ていると、だいたい絵になる場所は分かってしまっていて、まずは覚えのある所を撮ってみるのだが、今年は花の密度が高くて、なんというか豪華な感じになっている。そんな風に感じたのは初めてで、今年はちょっと凄いなと思う。



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朝一のカメラ軍団の時間が終わり、普通の観光客の時間が来て、千鳥ヶ淵は一気にざわめきだした。さっきまで、沈黙したまま立っていた警備員が、ハンドマイクを手に、立ち止まらないように指示を始める。堀のボート屋が営業を始め、ビールや簡単なつまみを売る即席の屋台が店を開ける。もうそろそろ帰り時か。

千鳥ヶ淵から戻って、近所の堤を歩いていると、誰も居ない川縁に桜が静かに咲き誇っていた。今、日本中でこうして桜の花が咲いていることが、少し不思議にも思える。途中、一組の老夫婦が、花の下に座って、水筒のお茶で一休みしていた。僕は背負っていたカメラを出すこともなく、その景色をただ眺めながら、下流に向かって歩いていった。



Photo: "開花" 2008. Ricoh GR DIGITAL, GR LENS F2.4/28.



某月某日
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春霞花霞
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食卓にも春が来ましたね。

僕はデザートはグラッパでいいやと思っていたのだけれど、こんなのが出てくると、ちょっと貰いたくなってしまう。



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厨房で、シェフがニヤリとしている気配がしたよ。







Photo: "春霞花霞" 2008. Tokyo, Ricoh GR DIGITAL, GR LENS F2.4/28.



某月某日
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菩提樹のようなもの
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英語の先生にあなたの way of life は何ですか?というのを宿題にされた。

さて、何だろうと色々考えて、辞書をいろいろ引いて、語感的に一番近そうな middle-of-the-road (中庸)と答えた。僕のそういう答えは予想外だったらしく、目を丸くして頷かれた。



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僕のような仕事をしている人間が、そんな風に言うのは珍しいのだろう。例えば、仕事に人生の価値観の大半を譲り渡すことに何の疑問も抱かない人間が自分の周りにも結構居るし、むしろそれを誇らしく思っているように見える。中庸よりは極端、Extreme、前倒れ。もっとも、そうでなくては、なかなか生き残ることが難しいのも事実だが。

それにしても、いかにも東洋っぽい概念に思えた「中庸」に対して、いくつもの英単語訳があるものだ。middle path / golden mean / middle course / middle of the road / middle way / moderation etc... (僕が見た幾つかの辞書では、中庸と中道がだいたい同じような扱いで翻訳がつくられているが、厳密にはその二つは違うらしい、中道は仏教用語)広辞苑を見たら中庸の解説の所には、「アリストテレスの徳論の中心概念」だそうで、知らないことは沢山ある。

何かを成すためには、思いっきり偏らないとダメ、みたいな思い込みが蔓延っている気がするが、本当はそうでもないのだろう。少なくとも、人にはそれぞれあったやり方があるし、中庸を受け入れてそれでやるというのも、それはそれで勇気が必要だと思う。少なくとも、僕の場合、色んな事に対して目を開いておくためには、心を真ん中に保っておくことが、やはり大切だと感じるのだ。



Photo: "菩提樹のようなもの" 2008. Saitama, Ricoh GR DIGITAL, GR LENS F2.4/28.



某月某日
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浦安鴨
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せっかく万博に連れて行ってもらったのに、そういうイベントにどこか欺瞞を感じ、それを素直に夏休みの感想文に書くような子供が大人になると、浦安ディズニーリゾートで首をかしげながら空を眺めることになる。

ディズニーリゾートには、何故カラスが居ないのか。居ないよね?雀も居ないよね?



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まあ、そういう事を真剣に追求すると、なんか、まずいことになりそうなので、その一件は忘れるとして、鴨は居る。それも凶暴な奴らが。

ディズニーシーの作り物の岩と、作り物の湖と、作り物の碧い湖水の上に、リアルなカルガモの一家が無理矢理暮らしている。彼らは、キャストではないから、差し出された子供の手を噛む。売店で買った浮き輪型の肉まんを奪い取ろうとする。

なかなか、良いじゃないか。





Photo: "浦安鴨" 2006. Chiba, Japan, CONTAX T3 Carl Zeiss Sonnar T* 2.8/35, Kodak 400TX.



某月某日
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ラピュタ定食
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今朝は時間がないので、ラピュタ定食。

目玉焼きは、ちゃんと鉄のフライパンでつくると、明らかに美味しいと思うし、意外とくっつかない。水を差して弱火で2分、火を止めて2分。仕上げに、「これは絶対うまい」ってフーディーズ TV でフランス人が言っていたゲランドの海塩と、ラーメン屋でおなじみギャバンの胡椒を振ってできあがり。

パンが妙に厚切りだったので、フィッシュロースターの(もちろん魚以外も焼ける)タイマーをいつもより 1分伸ばしたら焦げた。乳製品はあまりとらない方が調子が良いような気がするし、バターとかの匂いが鼻につくように感じるので、オリーブオイルをかけて焼いてある。こっちの方が、軽くておいしい。



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実は、目玉の下にはハムが敷かれているので、ラピュタ定食と言うには少し豪華すぎるんだけど。



Photo: "ラピュタ定食" 2008. Tokyo, Ricoh GR DIGITAL, GR LENS F2.4/28.



某月某日
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夫婦猫
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そういえば、家の近くに大きな公園があったことを思い出して、久しぶりに一眼レフを取り出して、出かけてみる。

必要なものを少しだけ持って、小さい荷物で。それが、今までと少し違う。全部持って行くことはもうしない。途中の川の堤防には、三味線の習いをする若い男の姿があり、青く乾いた空にのどかな音を響かせていた。三線の調べに聞こえたのは、僕の願望が入っていたせいか。



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急に暖かくなった日差しが、未だ冬の色をした芝生を照らしている。公園には沢山の人が居た。

池に浮かんでいる冬装束の鴨たちと、その上を舞う鴎。鴨や鵜は近くまで泳いでくる。足許によってきた大きな鯉は、鼻先を触らせてくれた。動物にはあまり警戒されない質だが、魚介類にも当てはまるのだろうか。鳥も魚も、ここは誰も襲ってこない場所と知っているのだろう。ちょっとした聖域のような雰囲気だ。

梅の花はもう咲ききってしまった木もあり、ほんの一つ二つが咲いているだけのものもあった。通路を塞がないように立って、ゆっくりと写真を撮る。花を撮るのは、あまり得意ではない。というか、撮るべきものを決めて撮った写真なんて、面白くない。それでも、フィルムの臭いと動作音は、心には楽しく、僕はゆっくり歩きながら進んでいく。途中、ちょっとした仏様の石像を木陰に見つけ、撮る。17世紀の石像。土門拳の写真集を見ていて、仏像を撮って何が面白いんだ?と思っていたが、今はなんとなく分かる気がする。



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大きな広場まで来たとき、ひときは大きな梅を目にした。どう撮ったものか、木の周りを歩いていると、孫を二人連れた初老の女性に声をかけられた。僕とほぼ同じペースで、同じコースを歩いてきた三人組だ。中村玉緒ばりの渋い声が、けっこう気にはなっていた。本職の方に頼むのも申し訳ないんですけど、と。それでも、何の気負いも無く使い捨てのフィルムカメラを差し出された。(オホホホホとは言わなかった)

本職。やっぱりそうなるかなぁ、と思いながら、丁度花が背にかかるような位置に立ってもらって、撮る。僕は、こういう時は、2枚撮ることにしている。ポーズを取らせるが早いか、はいっ、といきなり撮って、ええ?!っとなったところでもう一枚。まあ、それがうまく撮れていたのか、そうでもないのかは、僕にはまったく分からないことなのだけれど。姉と妹は、僕が返した使い捨てカメラで、鳩を撮って遊んでいる。少し風が出てくる。

公園を出て、そのまま家には戻らないで、どこかの駅に突き当たるまで、歩いてみようと思う。今日は、荷物が少ない。



Photo: "夫婦猫" 2008. Tokyo, Ricoh GR DIGITAL, GR LENS F2.4/28.



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