某月某日
[click to snapshots] たまたま入った喫茶店は、壁一面が本棚。それも、表紙のデザインだけで並べているのではなくて、読んで面白かった本を並べている感じ。ハードカバーの『ボーイング 747 はこうして空中分解する』を読みながら、ランチを食べたいという人が居るのかは分からないが、なかなか面白い。
白基調の明るい店内、ちょっと広めのテーブル、値段は抑えめ。雨後の竹の子のように増えている安易なカフェと言うよりも、一段、ちゃんとしている様に思う。だから、へんぴな場所にある割に、混んでいる。
『漁師の食卓』の鯛の目利きの方法を読みながら待つ。出てきたのは、ザ・カフェ飯、みたいなプレート一緒盛り(別名:犬ご飯)だったけど、実はちゃんと美味しい。本当はハンバーグを頼んだのだけれど、
「鶏の足丸ごとというショッキングな料理だとは思わなかった」という理由で、鶏のプレートを前にげんなりしていた知人と交換。しっかり煮込んだ鶏の足は、最初テーブルにナイフがないことに戸惑うものの、箸で十分に扱える。皮がついているのが偉い。コーヒーはともかく、お茶の類に信じられないぐらい手を抜く店もあるが、食後のハーブティーも、香りよく感心させられた。
ちょっと変わってるけど、ちゃんとしてるね。
Photo: "ザ・カフェ飯" 2004, Tokyo, Japan, Sony Cyber-shot U10, 5mm(33mm)/F2.8
某月某日
[click to snapshots] キャンプの朝。夜はえらく寒かった。
とりあえず火をおこして、お湯をわかす。紅茶入れろとは言えないので(コーヒーは好きじゃない、むしろ嫌い)、皆に合わせてコーヒー。ただし、僕のは牛乳コーヒーだ。
網の上に、行きにスーパーで買ってきたバターロールをのっけてみる。直の炭火でパンなんか焼いてうまいのか?という声もあったけど、割と美味しい。
どっかの高級リゾートホテルの「離島ピクニックツアー」でも、焚き火に金網を渡して長いバケットを焼いていたから、まあ間違ってはいないんだろう。焼き加減は難しいけど。
昨晩の残りのご飯も、おにぎりにして焼いてみよう。最初は、誰も食べないっぽい感じだったけれど、握って焼いてみたら、意外といけそう。醤油や塩が何故か見あたらなかったので、味付けはやむおえず「味塩こしょう」。多分胡椒は合わないが、まあ、細かいことは気にしない。
美味い、割に。胡椒の香りは、かなり分かる。合わない。
Photo: "むりやり焼きおにぎり" 2003, Saitama, Japan, Sony Cyber-shot U10, 5mm(33mm)/F2.8
某月某日
[click to snapshots] Macintosh 20周年、よくもった、と言うべきか。(実際、何度もやばくなってきたし)僕自身、今は 100% Windows で作業しているのだが、このページは開設当初(System 7.5 の頃)は、 Mac で作っていたし、伝統的に Mac でも見られるデザインを守り続けている。それに、このページの読者の Mac 率は、世間のシェアから考えると、3倍ぐらい多い。そんなこんなで、比較的 Mac には肯定的だ。
しかし、どうしても最近の Mac にはキビシイ目を向けざるおえない。それには理由がある。もちろん、菊池桃子が許せないとか、QuickTime pro が有償でけちくさいとか、透明 + 白はもう飽きたとか(だからって、斑に塗ってはいけない)、ロジカルな理由も沢山あるわけだが、根本的な理由は、「奴らには裏切られた」からだ。
世間が、まだ Win95=Mac87 とか言って浮かれていた平和な時代。全ての技術に於いて優れていた(と信じられていた)Mac は、世界を制覇すると言われていた。少なくとも、ユーザーはそう信じていたし、僕も信じていた。(例え、それがネタであったとしても)毎月、重い Mac 雑誌を買い、友達の PC と互換性のないアプリケーションを買い、高い周辺機器にも耐えた。世界一だと思っていたからだ。それがなぜかありあわせのチップとパクリ OS で作った卑しい卑しい IBM PC + Windows に勝てない。日本語とか非英語圏でちゃんと使えるようになればきっと勝てると信じた。でも、全然だめだ。Mac は高いから皆が買えない、ということで安い Mac が出れば、きっと勝てるに違いない。だから安いのが出た、互換機もあった。でも、ダメ。シェアは、消費税かよ、というぐらいに落ち込む。
そして、全ての希望を背負って、新しい Mac OS 開発の報がもたらされる。君は覚えているか、コードネーム Copland。それは、もはや禁句なのか?でも、Be OS をベースにするとか、NeXT がベースだとか、なんだかんだと言いつつも、ちっとも OS が出ない。そうするうちに、Windows は、完全にカーネルから書き換えた NT 系が主流となり、いつの間にかLinux が世界を席巻し、もはや Mac で世界制覇などということを信じている人はいない。(居る?)いや、ジョブズは信じているのかもしれないが。
優れているから勝てるんだ、そう言っていた奴ら出てこい。お前ら、ちゃんと今でも Mac なんだろうな。Windows の Note PC で快適に過ごしたりしていないだろうな?DTP と音楽は Mac に限りますよね、と言っていた奴ら、Windows で Photoshop を使ったりしてないだろうな。第一、Apple、ちょっと前の Windows とも簡単につなげますキャンペーンはなんなのだ。Windows は滅ぶべき、哀れむべき、パチモノではなかったのか。世界を制覇するっていう約束は、どうしちゃったのだ。ん?誰も約束してない?
ということで、非常に自分勝手な思いこみの結果、僕はいまいち Mac を信用できないのである。信じた分だけ傷は深いというか、裏切られた子供達は、ひがみっぽいのだ。
さて、そうは言いつつも、うちには Mac が 3台ばかりあったりする。でも、別に実用としては使っていない。全部、今となっては爽やかなぐらい遅い 68K Mac だし。中でも、最近入手した PowerBook 550c (1995年発売) は気に入っている。当然、僕が大嫌いなタッチバッドなのだが、これが凄く使いやすい。コストとか度外視(まで行かないまでも、コストプレッシャーは今よりかなり小さかったはず、だって定価 70万円だよ)すると、こんな風に使いやすくなるのかと思う。まあ、今見ると「ドッグからはずさないと」って、コレ全部で本体か!というぐらい、分厚いし、凶器になりそうな巨大な AC アダプタがついていたりするわけだが。でも、新しい Mac はあんまり欲しくない。今は、自分の中での優先順位として、道具を開拓するよりも、もっと別のことに時間を使いたい、というのが多分一番大きいのだと思う。道具?そう、もうコンピュータは道具になってしまったんだ、、。
Photo: "Blackbird" 2004. Tokyo, Japan, Sony Cyber-shot U10, 5mm(33mm)/F2.8
注:いまいち、PB 550c のコードネームと定価が怪しい。google さんに訊いても、あんまり確固としたソースが無い。
某月某日
俺はなんで、阿藤快のために伊勢海老を煮ているのだ。しかも、殻を砕いてシノワで濾して何をつくっているのだ。ソースでもつくっているのか。
熱に浮かされた悪夢はとめどなく、僕を苛んだ。海老が煮えない。阿藤快が吠えている。「海老はまだかっ!」
4年前、四万十川(1, 2)から帰って、直ぐに肺炎になった。夏の暑い盛りに、脱水症状を起こして、病院の待合室で倒れた。医者には、「肺炎は癖になるから、何年かは気を付けるように」と言われていたが、今年はどうもあたってしまったらしい。
どんどん調子が悪くなって、声が出なくなって、体温がコントロールできなくなる。色んな事ができなくなっていく。起きあがっているのも苦しい。気が付くと、病んでいる人間の臭い、みたいなものが自分を包んでいる。これは何の臭いなんだろう。膿んだような、ゆっくり朽ちていくような臭い。
寝床の上で、ぐるぐる回る天井をにらみ付けていると、やる気も、未来も、動ける自分が前提になっていることにふと気が付く。そして、いつか自分の体がそのまま停止して、失われるということを思い出す。呼吸をしているのは、まごうことなく自分の肉体で、それはいつか止まるのだ。生きるというのは、なんて個人的な事なんだろう。
、、まあ、でもこれだけ調子が悪いと、何かしなくちゃという強迫観念にも似たものはなくなるから、それはそれで良い。ぼんやりテレビ見ているのがせいぜいだし。
注:もう回復しました。
某月某日
日ごろは全然役に立たない日経新聞にも、たまには良いことが書いてある。白目があるのは、動物では人間だけらしい。ホントか?近所の犬の目を覗きこんでみるに、本当のような気がする。
表紙の羊(手製)は、まあ、いろんなところが間違っているわけだが、まず白目があることから間違っていたか。第一、リアルに言えば、羊の目というのは実は四角かったりするのであって、それを生物学的に正確に描いてしまうと、なんか呪いかかったようなページになってしまいそうだが。
そもそもなんで羊ページなのかという理由は、プロフィールのあたりに書いておいたが、ようはあんまり確固とした理由はない。羊ページという割には、羊がらみのコンテンツが一つもない。写真だって一枚もない。一昨年の年末などは、年賀状用の羊の写真を求めて、恐ろしいくらいの数の人たちがこのページを訪れ、空振りして帰っていった。申し訳ないことだ。
そんな風にいい加減に続いてきたこのページも 21日で 8周年を迎えた。これぐらいになると、もうめでたいとかいうよりも、また一つ歳をとってしまった(何が)というような気分に近い。個人 web サイトの一生、みたいなものを解説しているサイトでも、8年とかになるともうあらかた想定外になっている。
テーマも定まらないまま、管理者の興味の移り変わりに翻弄されながら、なんとなく続いてきたこのページ。まあ、今後とも羊の白目みたいなページでいいやと思う。なんだそれ。
某月某日
[click to snapshots] ウイルス、ウイルス。人類を暗黒時代から救い出した抗生物質も効きません。栄養をとって、早寝早起きをして、あとは神にでも祈っとけ!って、おばあちゃんの知恵袋か。で、ウイルスとプリオンは何が違うんですか。よく分かりません。
まあ、そんな高尚な話はどうでもいい。実際問題として、SARS で出張が取りやめになりそうな人がいたり、夜中の牛丼屋が閉まっていたりして困ったモノだ。ふむ。お肉が食べられないなら、お魚を食べればいいじゃない。ということで、お鮨を食べましょう。なんと大阪で鮨を食べるのは初めてだ。(また、大阪に居るのか、俺は)現地の人に、こっちではちょっと有名、という店に連れて行ってもらった。
「すごいですね、刷毛で醤油を塗るんですねぇ。初めてなんですよ、どうやるんですか?」
「ん?俺も初めて」
「、、。」あと、食べ散らかしてあるのではなくて、こぼれる程ネタを乗せるというのが、この店のコンセプトなので。盛りつけが、ちょっと西海岸入ってる気がする。(出てきた状態で、このようになっている)味は、うーん、美味しかったような気がする。新幹線の終電を逃して、怪しい資料作って、とにかく腹が減っていて、そこにでかい握りとビールっていうのは、なかなか良かった。飯としての鮨、みたいな。
なんだろう、関西の料理って、なんとなく「癖」を嫌うところがあるような気がする。美味しいんだけど、なんか、最後の一手が足りないというか、ひっかかりが弱いというか。素材の味は生かすんだけど、とんがってる部分は均しちゃう。誤解を恐れずに言うと、「不味いかも」みたいなスレスレの部分が無い気がする。
Photo: "多けりゃいいってものみたい" 2003. Osaka, Japan, Sony Cyber-shot U10, 5mm(33mm)/F2.8
某月某日
WWE の試合をバグダッドでやっていた。米軍の M1 戦車が取り囲む中にリングをつくって、兵士相手の慰問だ。奴らは、世界の何処にでも、エアコンと、ステーキと、パーティーを持ち込む。ベトナムと、何が違うんだろう。戦争は、やっぱり勝たないとダメだ。負けたら、どんな屈辱も受け入れなくてはならない。でも、一番良いのは、戦争に関わり合いにならないことだ。それは、本質的に不愉快な出来事なのだ。
易占いで”波風を立てるな”と言われた。でも、わたしはそんな忠告を気に留めず、「ワインやステーキやエアコンが欲しいだなんて、あなた自身がベトナムの愚を犯そうとしてるわ」と、フランシスにテレックスを送った。*1
よく分からないのが、たった半世紀前に、連合国 (United Nations) の占領軍に「占領」された日本人が、イラクに占領軍を送ろうとしていることだ。それは、国連 (United Nations) の旗のもとですらない。いかなる場合にも、戦争という「状況」に参加してしまうことは、賢いやり方だとは思えない。しかも、これは他人の戦争だ。
藤沢の駅にて米兵の一隊四、五十人ばかり乗車せむとせしが、客車雑沓して乗るべからず。米兵日本人乗客を叱咤し席より追い払ひて乗り行きたり。(中略)これかつて満州にて常に日本人の支那人に対して為せし処。因果応報、是非もなき次第なりといふ。*2
注1:1977年 2月 25日の日記、フィリピンで撮影をする夫フランシス・コッポラへのテレックス、『地獄の黙示録』撮影全記録, エレノア・コッポラ, 小学館文庫, 2001年
注2:1945年 9月 10日の日記、隣家の人に聞いた藤沢駅での昨日の出来事, 摘録 断腸亭日乗(下), 岩波文庫, 永井荷風, 1987年
某月某日
寒い、あまりにも寒い、もう風が冷たくて無理。どっか店に入ろう。なるべく地下道で動きたい。約束の時間まで少し間があったので、気になっていた店に寄ってみた。もちろん、地下街から行ける。
新宿三丁目の地下街から、ぽっとセゾンのビルに入ると、目当ての店イル・バーカロがある。店の奥は普通のイタリアンのレストランだが、入り口あたりが、立ち飲みのカウンターになっている。前に通りかかったときは、早かったせいかまだ開いていなくて、恨めしく思った。今日は、ちゃんとやっている。
立って飲んだり食べたりするのは、慣れないとちっとも楽しくないのだが、値段の魅力と、短時間でなんというか濃い楽しみ方が出来て良い。万一外しても、すぐ逃げられるし。
肴は凄く種類があるけど、2種撰んだ。見た目がラブリーな甲イカ(ほんとミニなイカ)をニンニクとオリーブオイルでマリネしたやつ(一杯 80円)。それから、ツブ貝とオリーブを煮たやつ(2切れで 80円)。盛りつけてカウンターで渡してくれるので、テーブル代わりの樽の上に並べて、プロセッコを煽る(200円)。イカはニンニクの香りが立って美味しい。ワインもちゃんとしてる。それに、白のグラスも飲んで、御一人様 590円、滞在 10分強。こういうのって、とっても正しい、そんな感じ。
そのあと、友達と待ち合わせて、ちょっとした飲み会。病院勤めの人がいて、けっこうえぐい話もしていた。人の命を扱う仕事は出来ないなぁと思う。「夜には叫んでるのよ、恐いって。みんなそうよ」死の恐怖に苛まれる声にだって、人は慣れる。
注:エスプレッソは 100円也。感想は、立ち飲み部分だけの感想。
某月某日
近くのデパートや駅ビルは、家族連れであふれている。その客層をみて萎える。
正月というのは、どうやらまともに人生を積みあげた人のための時間のように思う。俺は、いいや、とも思う。午前 2時まで働いて、皆でプリンアラモードを電子レンジに放り込んで大受けしているような人生を歩んでいる人には縁がない世界かもしれない。(シュークリームを電子レンジに入れてみても面白いよ※真似しないで下さい)
主立ったところの福袋は、軒並み完売御礼になっている。別に買う気もないが、出遅れた感は否めない。それでも、何故か福袋が山ほど残っている店というのもある。ワゴンの上で売れ残っている福袋の横に立つ店員の微妙な戸惑い。目が合ってしまった動揺。いや、でも、おばちゃん向けの 3万円の福袋とかいらないから。
デパートの食料品売り場の福袋に悩む。何が入っているのだ、ロブスターのビスクスープなのか?でも店員が「5,000円ぐらいする紅茶が入ってます」と言っているのを聞いて、危なかったと思う。食い物だと思って買ったらお茶だったというのは、あまりにもダメージが大きい。
本屋をのぞくと、面白いんだか面白くないんだかよく分からない雑誌、switch の健康特集っていうのがあったので、立ち読み。(興味の無い人のインタビューとか、ホント興味ないので、あまり買いたくないので)
巻頭特集で、坂本龍一が健康生活について語っている。イメージとして煙草すいまくり、ジャンクフードくいまくり、PC つかいまくり、だったのだが、いつの間にか絶煙していて、晩飯は蕎麦(ただし、ニューヨークのな)だったり、酒は日本酒と焼酎ですねとか、そんなことになってる。Mac から Win に乗り換えてたはずなのだが、G4 note 使ってるし。時代は変わった。
で、最近、New Balance の広告が坂本龍一になっているわけで、なんだそれと思っていたら、自身、ずっと履いているらしい。(雑誌の裏表紙は、New Balance の広告だったから、そこには大人の論理が多少なりともあるのかもしれないが、、)僕もけっこう前から履いてるけど、別に坂本龍一の真似じゃないからね。昔 waterman の万年筆を買ったのは、坂本龍一の CM に影響されてのことだというのは認める。(使わないんだ、これ)
注:電子レンジは説明書の使用方法を正しく守って使用して下さい。デザート類を放り込んだ事による、精神的、身体的、機械的ダメージについては、一切の責任を負いません。まじめに、凄く熱くなるので危ないです。
某月某日
大晦日最大の事件が、鍵が壊れてトイレに閉じこめられたことだった皆さん、こんにちは羊ページです。
餓死するかと思った。
羊ページは今年で 8回目の New Year。今年もよろしく。