植物園#3
[click to full size photograph] 何か、綺麗なものを撮ろうと思っている。
何か、ホッとするものを撮ろうと思っている。僕は、写真が世界を変えるとか、歴史をつくるとか、そんな風には考えていない。誰かを幸せにするとか、人類のためになるとか、そうも思わない。
僕は好きなものを撮っていれば、べつに、それで良いのだ。もっと難しく考える人もいるだろうし、もっと厳しく考える人もいるだろう。何も考えない人もいるだろう。それはそれで、良い。
写真を撮る人というのは、山ほどいる。かつてもいたし、これからもいるだろう。ありきたりの写真を、ばさばさ撮って、いったい何の役に立つのか?なんの意味があるのか?
映画監督スタンリー・キューブリックの言葉があった。映画が生まれて約 100年、これまでに沢山の映画が撮られてきた、だから、
「どんなシーンでも既に描かれている。だが、大切なのは、もっとよく描くことだ、、」そう。もっとよく描こうとする先に、自分自身の表現が必ずある。
Photo: 2002. Kyoto, Japan, Contax RX, Carl Zeiss Vario-Sonnar T* 35-135mm/F3.3-4.5(MM), Kodak EB-2, F.S.2
植物園#2
[click to full size photograph] 写真に興味のない人にとって、カメラ好きがファインダーをえんえんと覗きこんでいる様は、
「なにが面白いんだかわからない、、」のではないかと思う。僕も、数年前まで、自分が写真を趣味にするとは思っていなかった。あんなもの、何が面白いんだ、、。
市立植物園、温室。
話の内容から推測するに、それは取引先の社長と、そのお守りをしている重役、といったところだろうか。ふとした空き時間に、写真好きの社長が、植物園にいくことを所望したのだろう。社長は PENTAX の一眼レフに望遠ズームをつけて、嬉しそうに花を撮っている。
「どうですか、社長、いろいろ咲いとりますなぁ」
「それにしても社長、いろいろな色のがありますなぁ」
「いやー社長、どうも私にはこう、写真というのはまるで分かりませんが、、」重役は暫く我慢していたが、蒸し暑いこと極まりない温室の中で、じっと花に向かっている社長にいい加減愛想がつきたらしく
「先に行っていますので、どうぞごゆっくり、、」と、姿を消してしまった。花なんて、目で見りゃ十分だ、と思っているに違いない。
実は、写真というのは、見たままが写る、というものではない。様々な撮り方によって、まるで違うものができあがる。薄淀んだ人工池に咲いている睡蓮も、ちょっとした角度やら、露出やらを工夫すると、ハッとする美しさを撮る事だってできる。これをこれを撮ろう、という瞬間を見つけるのは楽しい。そして、どんなものが出来上がりそうなのか、それは、ファインダーを覗いている人間だけにしか分からない。
鬱蒼とした羊歯の陰から、睡蓮が見える。僕と社長は、時を同じくしてそのターゲットを発見した。しかし、社長は日光が翳ったのを見て諦め、さっさと先に行ってしまった。僕は、座り込んでじっと光が戻って来るのを待った。
「まあ見ていろ、、光が当たれば、この睡蓮は意外に綺麗だぞ、、、」そして、光は戻ってきた。
Photo: 2002. Kyoto, Japan, Contax RX, Carl Zeiss Vario-Sonnar T* 35-135mm/F3.3-4.5(MM), Kodak EB-2, F.S.2
植物園#1
[click to full size photograph] 夏の終わりの京都というのは、観光客はいない、祭りはない、やたらに暑いという、まあ普通なら誰も寄り付かない場所だ。ということを、現地に行ってから知った。
それならばということで、季節に関係ない所に行ってみた。それは、市立植物園の温室。
温室は広く、気候帯ごとに、いくつもの部屋に分かれている。蘭とか睡蓮とか一般的な(?)ものから、バナナ・胡椒のような生えている所を滅多に見られないもの、そして、なにがなんだかさっぱり分からないものまで、いろんな植物が所狭しと植えられている。
そんな花たちを、汗だくになりながら(温室なので、高温多湿なのだ)撮っていると、なんだか似たようなことをしている奴らが沢山居る。花を撮りに来た、年配のおじちゃん・おばちゃん達だ。奴らは、キヤノンとか、ニコンとかの一眼レフを携え、平日の朝っぱらから蘭とか、サボテンとかを撮っている。それも、一人や二人ではない。僕は期せずして、観光シーズンをはずした京都にあって、もっともカメラを手にした人間が多い場所に来てしまった。
大自然の中で植物を撮ったりする方が、たぶん格好良いのだが、天気に左右されたり、金と体力がかかったり、そもそも花が見つからなかったり、いろいろ大変。その点、植物園なら撮ってくださいと言わんばかりに花々が並んでいるのだから、これほど都合のよいものはない。ここでは、適当にシャッターを切れば、なにかしら撮れる。
ということで、てきとうに撮った中で一番、妙な形をしていた何かの「実」です。(花じゃないのかよ、、)
Photo: 2002. Kyoto, Japan, Contax RX, Carl Zeiss Vario-Sonnar T* 35-135mm/F3.3-4.5(MM), Kodak EB-2, F.S.2
名古屋
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「名古屋に見るもんなんかないぞ」と友達は言った。確かに、見るものはなかった。名古屋城は、以前来たときにとっくに見ていた。城内の「またがれるシャチホコ」にもちゃんとまたがった。今朝は、喫茶店でモーニングを食べたし(でもトーストもコーヒーも好きじゃないので、パンケーキとオレンジジュース)、さっきは回転寿で「エビフライ握り」を食べた。(意外に美味しかった。マヨネーズ味だったが)もう、見るべきものはないのかもしれない。
別に観光を目当てに名古屋に来たというのではなく、名古屋に転勤になった友達の様子を見に来た。でも、やっぱり、何か観光は必要。なぜなら、僕は一眼レフを背負ってきたのだ。何か写真を撮らせろ。
そこで、友人は車の向きを変え、いきなり高速道路にのって、おもむろに海岸線を目指しはじめた。一路知多半島へ。海がある限り、夕日を見に行く。そういう安易な行動様式と、貧困な発想が、今までの旅を支えてきた。
時間は 4時過ぎ。ネットで調べる限り、法定速度を守っても、日の入りには、余裕で間に合う。日本全国の日の出日の入り時刻を網羅したページというのがちゃんとある。そう、見知らぬ土地でも、ネットがあればたいていのことは分かる。嫌な時代だ。
ガラガラに空いた高速道路を、海に向かって走る。夕暮れの知多半島。海岸に沿って大小の民宿と旅館が立ち並び、ちょっとひなびた熱海を思わせる。そんな場所だ。
オフシーズンの海岸には、極端に人がおらず、というか誰一人おらず、極度に湿気を含んだべとべとのぬるい海風が吹いていた。男二人で眺める海岸にはふさわしい。海辺のホテルのベランダから、物珍しそうに観察する暇な泊り客を無視して、僕はシャッターを切った。海と夕日なんて、どこでだって撮れるのに。
そして、金曜ロードショーみたいな写真が撮れた。(うーん、、)
Photo: 2002. Chita Peninsula, Japan, Contax RX, Carl Zeiss Vario-Sonnar T* 35-135mm/F3.3-4.5(MM), Fujifilm RHP III, F.S.2
注1:熱海もひなびてないか?という指摘は、この際おいておく。
注2:今も金曜ロードショーはこういうオープニングなのだろうか。
某月某日
[click to full size photograph] ランウェイの近くまで走った。その間にも、飛行機はみるみる近づいて来る。巨大なジェットは、あっと言う間に頭上をかすめ、鉄条網の向こうに消えた。
少しして、石油ストーブの燃え残りのような、甘くむせっぽい匂いがする。懐かしい、景色だ。
小学校の頃に住んでいた家は近くに空港があって、真上を飛行機がよく通った。
僕はその頃、まだ飛行機に乗った事がなくて、銀色ににぶく光る胴体を、家の庭からまぶしく眺めた。乗りたいとは思わなかった。あれは、特別な人が乗るものだと思っていたからだ。
そして大人になって、飛行機に何度も乗って、何度も旅をした。
僕は旅が好きだ。
Photo: 2002. Nagoya International Air Port, Japan, Contax RX, Carl Zeiss Vario-Sonnar T* 35-135mm/F3.3-4.5(MM), Kodak EB-2, F.S.2
注:名古屋国際空港近くの公園は、ほんとに滑走路ぎりぎりまで近づく事ができる。
某月某日
[click to full size photograph] 描く事が、描くためのエネルギーを生む。描かないと、描くエネルギーも生まれてこない。
横尾忠則を特集した番組で、そんな彼の言葉が紹介されていた。
ここ暫く、何も書く気がしなくて、なんとなく何を書いても同じだろ、という気分になっていた。
それでもこうして無理やり書いていると、少しはまた、書けるようになってきた。所詮は、そういうことの繰り返しなのだと思う。そうやって、歩いていく。
そういえば。
脆いから愛しい、というフレーズを、あるやりとりの中でもらって、ハッとした。強くある事が、真実というわけでもないのだ。
Photo: 2002. Chita Peninsula, Japan, Contax RX, Carl Zeiss Vario-Sonnar T* 35-135mm/F3.3-4.5(MM), Fuji RHP III, F.S.2
京都 夏
[click to full size photograph] 社殿の裏から、おばちゃんたちの話し声が聞こえる。
厨房と思しき場所から、明日の段取りか、そんな話し。
すっと、中庭に周って、鳥居をくぐる。
静寂のなかに草鞋が干してある。
静かだ。蝉も鳴いていない。
Photo: 2002. Kyoto, Japan, Contax RX, Carl Zeiss Vario-Sonnar T* 35-135mm/F3.3-4.5(MM), Kodak EB-2, F.S.2
日向の日陰。
某月某日
[click to full size photograph] 太陽は少し前に、沈んだ。水平線の向こうから、薄く差す残照に、ぼんやりと海が光る。暖かい色はもう無い。
この時間の海は、どこか僕を不安にさせる。見知らぬ土地の、見知らぬ海。
目を凝らすと、海面からポツポツと何かが生えている。杭。その上に、蹲る無数の鴎。
鴎は鳴いていない。湿った海風を受けながら、ただ杭の先端に蹲っている。そこが彼らの家という訳ではあるまいが。
その光景は、僕の目に酷く寒々しく映った。そして、朽ちた杭の上に羽を休めるあんな鴎だけはなりたくない、そんな馬鹿げたことを考えた。
数日の旅行から帰り、いつものように撮影したフィルムを冷蔵庫に入れ、一息ついていた。ふと部屋を見回すと、4月のままのカレンダー。本棚には、くもの巣がかかっていた。
寂寥というのではない。ただ、思い出したのは、何故かあの鴎たちの事だった。
Photo: 2002. Chita, Japan, Contax RX, Carl Zeiss Vario-Sonnar T* 35-135mm/F3.3-4.5(MM), Fujifilm RHP III, F.S.2
既に太陽が沈み、手持ちで撮影できるぎりぎりの明るさ。海岸の道路を歩きながら撮った1枚。よく映ってたなぁ。
某月某日
[click to full size photograph]
「もし味噌煮込み饂飩を食べるんだったら、山本屋本店ってのがあるからそこに行きな」友達が教えてくれた店名を頼りに、饂飩屋を探す。山本屋本店の暖簾をくぐると、店は3分ほどの客の入りだ。午後2時をまわった、ちょっと半端な時間。一人で食べている客はいない。昼時もはずしているし、東京から来ているサラリーマンは、新幹線ホームの立ち食い饂飩屋のほうを使うのだろう。
店構えは、駅地下街の中とはいっても、かなりきちんとしている。どっしりした木のカウンターが店の中央に据えられ、余裕のあるゆったりした造りになっている。メニューの数は少なく、基本的に饂飩と、酒のつまみが幾品かあるだけ。ちゃんとした饂飩屋だ。
値段は安くない。うどんだけで、2,000円ぐらいする。でも、せっかくだから、味噌モノをちょっとは食べておかないといけない。名古屋名物モーニングは、コーヒーもトーストも苦手なので、パスしてしまったし。一昨日ここに来て以来、名古屋らしいものなんて、一つも食べていないのだ。(たまたま入った回転寿司屋で「エビフライ握り」を食べたが、それはまた名物とは別のものだろう)
腹が減っていた。考えてみれば、朝飯を食べていない。名古屋コーチンという手もあるけれど、今の気分は黒豚。黒豚入りの味噌煮込み饂飩を注文する。煮込み饂飩には、問答無用でお変わり自由のご飯がついてくるらしい。
味噌煮込みというからには、さっさと出てくるものではない。先に漬物の入った大振りの鉢が出てきた。それだけ食べているのもなんだかマヌケなので、ビールを頼んだ。周囲を見渡すと、それはそれは熱そうな饂飩のようだ。猫舌だから、冷たい飲み物をたのんで正解か。漬物の鉢に入っている、大量のスライス紫タマネギの用途がいまいちわからない。饂飩と一緒に食べればよいのだろうか。聞くのも面倒なので、ビールのつまみにしてみた。(あんまり合わなかった、きっと饂飩用なのだ)
やがて、見るからに危険な熱さを感じさせる風体で、味噌煮込み饂飩が運ばれてくる。土鍋いっぱいに饂飩が盛られ、生卵と葱、豚ばら肉があしらってある。つゆの色は、こげ茶色とでも言おうか。まさに名古屋の色だ。まず味は、、熱くてよく分からない。麺は熱すぎるから、豚肉とご飯で暫く食べている。
そのうち、やや冷めてきた。つゆの味は濃く、ご飯が付いているのがちょうど良いくらい。味噌に甘みはあるが、嫌味に感じるほどではない。饂飩のコシは驚くべきほどのものではないが、悪くはない。固めに茹でた麺には、メリケン粉の甘さがある。値段と看板だけのことはある、よくできたプロの料理という印象。名古屋で売られている「味噌なんとか」という手合いのものを過去に何種類か食べたが、ここの味噌煮込み饂飩がもっともリーズナブルというか、味噌味にする意味があるというか、納得のいくものだった。(味噌味の焼肉とか、味噌焼きそばとかは、やはり受け入れがたいものがある)
熱さと格闘しながら、30分以上かかって食べ終わる。麺も、ご飯も、なんとか平らげた。この量で、さらにご飯をおかわりする人なんているのだろうか。あ、居るね、、。
会計はビールと饂飩で3,000円ちょっと。饂飩を食べたと思えば高く、しっかりした郷土料理を食べたと思えば納得。
えらく腹いっぱいにはなる、ということは確か。
Photo: 2002. Nagoya, Japan, Contax RX, Carl Zeiss Vario-Sonnar T* 35-135mm/F3.3-4.5(MM), RHP III, F.S.2,
名物名古屋コーチン、とおぼしき鳥。何故か寺の境内に放し飼いになっていた。
注1:今回行ったのは、山本屋本店という店だが、似たような名前の饂飩屋がいろいろあるようだ。