今日の一言。
2002年 1月の一言 

某月某日
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夜の赤信号。
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夜の信号機って、綺麗だなぁと思うことがある。

いつもではないし、別にロマンチックだとか、そういう話でもない。往来のぱったりと途切れた通りで、ぼんやりと光っている。

そういう時の信号機は、なかなかいけてる。



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夜の闇に、ひときわ赤い。






Photo: 2002. Tokyo, Japan, Canon Power Shot G1 2.0-2.5/7-21(34-102), JPEG.
注1:バリアングル液晶は、とにかく俯瞰を撮るのが楽だ、と思った。



某月某日
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原宿でポスターを貼り替える作業。
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はたらくおじさん。

きょうは、はらじゅくで、おおきなポスターをはっているおじさんたちをみにいきました。

あさの 2 じの、さむいなかでおしごとをしているので、えらいとおもいました。

おおきなクレーンしゃを 2 つで、とてもうまくはっていました。それから、ポスターがひかって、とてもきれいだったです。



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あと、それをひまそうにみている、よっぱらいのおじさんたちがいました。しゃしんをとってあそんでいました。

ああいうおとなには、なりたくないとおもいました。



Photo: 2002. Tokyo, Japan, Canon Power Shot G1 2.0-2.5/7-21(34-102), JPEG.
注1:ポスターっていうか、垂れ幕かなぁ、、。



某月某日
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今朝、気が付いたこと。その1。

一昨日(21日)で、羊ページは6周年を迎えていた。



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今朝、気がついたこと。その2。

顔を洗う前に歯を磨けば、口の周りに歯磨き粉をつけたまま出かけてしまうことはない。

なんて画期的なアイディア。



某月某日
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水無ゲレンデをリフトから望む。
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このサイトに載せている写真というのは、その大半を Carl Zeiss(カール・ツァイス)のレンズで撮影している。Carl Zeiss というのは、普通はあんまり馴染みのないマニアックなレンズメーカー。知っている人は知っているという感じが良い。

しかし最近、その Carl Zeiss にメジャー化の危機が、、。



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「なんといってもレンズが違う。カ〜〜〜〜ルツァイス!」
う、、。
「ドイツのカ〜〜〜〜ルツァイスだから、画質が違う!」
うう、、。
「こんなにシャープ、カ〜〜〜〜ルツァイス!」
ううう、、。

今日もテレビの中から、ジャパネットたかた のタカタ社長がほえている。その妙なイントネーションと、やたらに伸ばしの入る独特の口調が、僕の脳髄を刺激する。Carl Zeiss はあくまでカール・ツァイスであって、カ〜〜〜〜ルツァイスではないが。

まあ、それはそれとして、最近の通販は、なんだかちゃんとした商品を売っていることが多くて驚く。カ〜〜〜〜ルツァイス搭載の SONY Digital Handycam が 11万 8千円。今なら三脚とテープ 5本も付いてくる。

お得だ。

お得か?



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冷静に計算すると、いくらテープが 5本付いてたって、あんまりに安くないぞ、という説もある。あるいは、デジタルズームの性能と、レンズが Zeiss なのは、あんまり関係ないんじゃないかなぁ、という説もある。そうはいっても、今日も社長の謎トークに惹かれて、見てしまうのであるが。



Photo: 1999. Nagano, Japan, CONTAX T2 Carl Zeiss T* Sonnar 2.8/38, Fuji-Film(リメイク再掲載)
注1. Carl Zeiss: 1846年にドイツのイエナ (Jena) に端を発する、総合光学機器メーカー。顕微鏡、眼鏡、カメラレンズ等、いろいろつくっている。



某月某日
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前回の続き、、のつもり。



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羊ページ管理者は、これまで何台かの PDA を使ってきたが、今のところ、Palm Vx におちついている。シャツのポケットに収まるサイズと、さっとメモがとれる簡便性がポイントだ。

出先で何か思いついたらとりあえず書き留める。後から見返して、それは Web に載せてみたり、仕事のヒントにしたりする。でも 1年も前に何を書いていたかは、さすがに忘れる。見返してみた。



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ある日のメモ。

ヌカチュウ。

こういうわけの分からない思いつきを書き留めて、何か意味があるのか。その下には、こうも書いてあった。

イカチュウ。



注1. 僕は Palm Vx が出たときに、新宿中を探し回って 4万円以上で買いました。今や、1万2800円(定価)だって。
注2. PC や Mac は何台あってもいいが、PDA は何台も持つとわけが分からなくなる。
注3. PDA に頼り始めると、驚くほど予定を覚えなくなる。



某月某日
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無事、出発したの?
「ああ、行ったよ」
ん、何か問題でも?
「ピカチュウジェットなんだよ」
は?
「あいつの乗った飛行機、でっかいピカチュウが描いてあった」



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アメリカ出張なら、別に珍しくないが、単身フランスに半年近く、というのは、あまりない。旅立つ同期を送るため、友人は成田まで車を飛ばした。

そこで目にしたのは、巨大なピカチュウが描かれた、Boeing 747-400 だったのだ。旅だった彼は、US の大学を出ているから英語についてはなんの心配も無いが、フランス語は無理。そんな彼を乗せて、ピカチュウジェットが飛び立つ。

遙か、フランスへ。アデュー、ムシュー。



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「あれで墜落したら恥ずかしいよなぁ」
ああ、目も当てられないねぇ。よりによって、なんでそんな便、とるんだ、、。

数ヶ月後、彼は無事に帰国した。



注1. 正式には、ポケモンジェット。国内線・国際線の両方に就航している。ANA ポケモンジェットホームページは [こちら]



某月某日
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人にはいろんな夢がある。落語家になりたい、と言っていた彼は高座に上がれたろうか。林業をやりたいと言っていた彼は、どこかで木を切り倒しているのだろうか。そういえば、「背広を着たサラリーマンは嫌だ、ジーンズを履いて仕事が出来るようなところに勤めたい」と言っていた先輩は、結局、ジーンズメイトに就職した。



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僕の夢の一つは、システムエンジニアになることだった。あまりにも、そのまま実現してしまったので、拍子抜けしている。



注1. ちなみに、(株)ジーンズメイトのホームページを見たら、社長は背広を着ていた。そりゃないよ。



某月某日
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ところで、個人 Web サイトの傾向というのは、おおきく 2種類あるように思う。ひたすら文章などのコンテンツ充実を図ることを良しとする自己完結系。他のサイトと交流してみたり、目を惹くネタで人を呼んでみたりするのを楽しむ自己顕示系。

もちろん、どっちかというのではなくて、この 2つの傾向のバランスで成り立っているわけだ。羊ページは、多分、自己完結系の方に近いが、掲示板をつけてみたりメールフォームに凝ってみたりと、近年、自己顕示系に歩み寄りつつある。これが極端になると、私はネットアイドルとか、他のサイトの書いてることに文句つけてみるとか、そういう風になるのだろう。それも、悪いことではあるまいが。



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何事も道は極めろ、とか、1位か 2位になれない事業は撤退だとか、まあ、そういう先達の意見に従うまでもなく、どっちつかずのサイトというのは、存続が苦しい。ネットアイドルとか、Web日記で論争とか、やりきれないほどウンザリなサイトには、確かにアクセスがあるわけだ。

ところが、極めた先にも悲劇はある。孤高の自己完結系に限って寂しがり屋で寂しすぎて自滅閉鎖とか、お友達いっぱいの自己顕示系なのにネットでの人間関係がこじれて逆ギレ放置閉鎖とか、もう大変。

やっぱり、羊ページはほどほどでいくことにしたい。



注1.「ところで」という書き出しは、我ながらむちゃくちゃだと思う。
注2.じこ‐けんじ[自己顕示]自分の存在をことさらに目立たせること。「―欲」[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]
注3.閉鎖の原因のトップは、もちろん「思ったより、めんどくさい」なのでしょうけど。



某月某日
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もうすぐこのページの誕生日。

Web という、よく分からないものを使って、こんな長き渡り文章を書くことになるとは思わなかった。



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6年前の冬、よく分からないままにこのページを書き始め、よく分からないままに続けてきた。個人がつくる Web ページは、その間にすっかり定着し、一つの文化になった。それが言い過ぎならば、より当たり前のものになった。昔は、Web に文章を書くには、まず、自分なりにその意味を考えなければならなかった。今は多分、書きたいから、という思いつきだけで十分だ。

しかし、個人が Web 上で文章を書き続ける難しさというのは、今も昔もそうは変わっていない。表現の制限ナシ、締め切りナシ、何もナシ。Web サイトというのは、今までの絵とか小説とか、そういう芸術とはちょっと違う。何万もの人間を相手にした、終わりの見えない大道芸。最近、そんな風に思う。

実際、プロでは無い人間が、これほど多量の文章を、不特定多数の人間に公開するようになったのは、おおげさに言えば、歴史上初めてのこと。本やCDや、テレビやビデオや、そういった複製芸術の進歩は、人間の生活をすっかり変えた。しかし、それすら覆す、「全ての人が全ての人に発信可能」というめちゃくちゃな世界が、気が付けば目の前にある。



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誰でもはじめられる、でも、多くの人がやめてしまう。

個人の Web サイトというのは、そういうものだ。Web に書き続けるというのは、あまり簡単なことではないし、誰もが Web で表現すべき事を持っているわけでもない。しかし、それを続ける人もいる。僕は、過去に何回かこのページをやめてしまおうと思った。しかし、やめられなかった。

表現する場所、というものが必要だから、多分、きっと、やめない。

なぜ表現し続けたいのかは、正直、分からない。ただ、続けることしかできない。表現を続ける意味、それはもしかしたら、人生の意味について語られる様々のことと似ているかもしれない。今、僕が考えつくのは、せいぜいそんなところだ。



注1.だいどう‐げい[大道芸]大道で演ずる卑俗な芸。[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]



某月某日
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どんなに慣れようとしても、慣れることができないもの。
 日本語のラップ。

お前の言うストリートって、銀座通り商店街とかそういうやつ?



某月某日
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2台のCONTAX。
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浅野忠信 主演の「地雷を踏んだらサヨウナラ」を見ていた。

戦場カメラマン 一ノ瀬泰造(通称:Taizo )を題材にした映画だ。カメラマンってあんな風に撮るんだなぁ、とか思いつつ。



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船上で、燃え上がる積み荷を消火する男達。それを撮る Taizo に罵声が飛ぶ、


「お前も消せ、誘爆するぞ!」


「俺の仕事は撮ることだ、お前は火を消せ、俺は撮る」

本当にそんな風に言えるものだろうか?あるいは、そんな言い方が正しいのだろうか。よく分からない。

まあ、今年も写真を撮ろうかなと、思っている。



注1.浅野忠信のご飯のたべっぷりが気持ちよい映画です。やっぱ Nikon かぁ、とか思ってしまいますね、一瞬。
注2.映画の舞台はカンボジア。それっぽい背景で CONTAX を撮ってみました。



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