某月某日
取引先の営業が、最後に僕たちを連れて行ったのは、フィリピンパブ。
その時既に、僕は眠さの限界に達していて、ほとんど意識がなかった。店の女の子達が、寝続ける僕を指して「この人はどこから来たの?何人?」と同僚に訊いたところ、ためらいもなく「チャイニーズ」と答えた。おかげで、僕のコードネームは「シュウマイ」に決定したらしい。知らない間に、「シュウマイ」と呼ばれていた。
「ウェイクアップ、シュウマイ!!」
「ガンバッテ!シュウマイ!!」
「オキテ、シュウマイ!」薄れる意識の中で、「シュウマイ!」と呼ぶ声だけが聞こえた。
注:彼女たちの知っている中国語である、ギョーザ、シューマイ、シェイシェイの中から、シュウマイに決定したらしい。
某月某日
仕事で表参道へ。
昼食を食べたレストランは、「シェフは今日はお休みですか?」というような味。真っ白の天井と、真っ白のクロス。それは、よかったのだが。
カフェのオープンテラス。友達と待ち合わせている若い母親は、超お綺麗。シックな濃紺のベビーカーから、彼女のお子さまが、僕を見てニコニコしている。
カラリと晴れた、午後。
某月某日
羊ページ管理者には、ピンポイントの好物がいくつかある。その一つが、中華料理の前菜でお馴染み、クラゲだ。従って、僕はクラゲにうるさい。
さて、今日食べたクラゲは、そんじょそこらのクラゲではなかった。言ってみれば、荒れ狂う東シナ海で厳しい訓練を受けた、エリートクラゲ。普通より、細く引かれたクラゲを、ごま油と少しの薬味で薄味、かつドライに仕上げてある。一口食べる。そして、それは口の中でポリポリするのだ。その歯ごたえ、もはや、崇高と言ってもよい。
この一品。是非、クラゲ好きと一緒に挑戦していただきたい。じゃないと、猛反対される。一皿、1,750円もしやがるのだ。さすが、エリート。
某月某日
Palm と街に出るの巻。
まあ、前回は僕が 2時間半遅れたわけで、その点では、あまりとやかく言う事もできまい。一人で喫茶店に入ってぼんやりする、といった事が極端に苦手な僕は、改札を出ずに、待ち合わせの駅で時間をつぶすことにした。
そして今、昼下がりのホームのベンチに陣取っている。気の抜けたような、温い午後の日差し。向かいのビルの軒先で、追いかけっこをする鳩をながめて、1時間が経とうとしていた。
左手に持った Palm Vx は、ちょっとお洒落めの PDA。つるっとした、シンプルなデザインは、都心のホームの風景の中にあって、違和感を感じさせない。アルミニウム製、ダークシルバーのボディーは重さたったの 110グラム。Palm という名前の通り、掌に収まってしまう。
少し文章を書いて、少し鳩を見て、少し人を見る。その繰返し。時折、電車が着くとまばらな人混みができあがり、そしてすぐに消える。
Palmの良い点は、こんな時間を使って愚にもつかない文章を書いたり、ちょっとしたゲームをしたりできること。文字を手で書く事が極端に減ってずいぶんたつが、Graffiti と呼ばれるユニークな手書文字を使って文章を書くのは、楽しい。
携帯が震え、待ち人の名前を表示する。ハトの観察時間はおしまい。Palm も閉じる。
以上。
某月某日
「羊ページもめっきり大きなサイトになって、文章も変わった。別に、良いとか、悪いとか、そういうことじゃなくて」そうなのかもしれない。というか、そうだね、間違いなく。羊ページが「大きな」サイトかどうかはともかく、4年間の間に、読者の量は格段に増え、知らないうちにのしかかるものも大きくなった。のしかかる?
1997年のある日の[今日の一言]は、わずかに一文。「なんとなく、焼き肉。」だけで終わっている。今だったら、とてもじゃないけど、そんな風には書けない。別に、書いていけないわけではないけれど、書けない。
良くないなぁ、と思う。だから、なるべく自分勝手に書く努力をしよう。努力?やっぱりダメかな、、。
某月某日
Webは何でも知っていると勘違いしている、インターネット・ジャンキーの皆さん、こんにちは。羊ページです。
さて、羊ページの調査によると、インターネット利用に於いて、新たな習慣が生まれつつある。従来、インターネットは、深夜にやるものだった。それに、真っ向から挑むのが、今回とりあげる新習慣「朝Web」である。
朝起きて、テレビをつける、、前にまずマシンの電源を入れる。そんな人たちが増えている。インターネットでしか手に入らない、重要な情報(最新の日記、専門的な最新ニュース、昨夜の NASDAQ の株価詳細、最新の羊ページ等)を朝のうちにチェックしたい。そんな欲求が、寝起きにマウスを操作するという、いかにも健康に悪そうな習慣を、徐々に一般的なものにしているのだろう。
「朝 Web」は快適だ。利用者が比較的少ない朝は、どんな劇重サイトでもサクサク動く。あるいは、前日深夜に更新された日記サイトをまとめてチェックするにも効率が良い。事実、最近羊ページへのアクセスは、朝7時頃に妙に増加する傾向にある。「朝 Web」という習慣は、かなり一般化しつつあるらしい。
しかし、この新たな習慣の台頭によって、思わぬトラブルも発生している。
起きてきたダンナが朝飯も食べないで、いきなりマシンの電源を入れはじめる。朝 Webに夢中で会社や学校に遅刻する。旅行に行くのにも、「朝Web」したさにノート PC を手放せなくなる。などなど、「朝 Web」は確実に一般化するとともに、その弊害も見せ始めた。
朝、公団住宅の台所。ノート PC をのぞきながら、朝食をとる夫。箸の先は、レタスを探して皿の上を彷徨ってはいるが、視線は Web に注がれている。
冷蔵庫からヨーグルトを食卓に運んできた妻が、その様子を見とがめ、いつものように怒鳴る。
「あなたっ、ご飯食べながら Web見るのやめてください!」
「あ、、あぁ、、」いらだつ妻、上の空で返事をする夫。新しい、朝の風景。
注1:ちなみに「朝 Web」の台頭によって、「朝刊」が無くなるということは、当分無いだろう。起動時間 0.1秒(開く時間)、30インチのフラットディプレイ(広げた状態)、ページ更新速度数秒(めくる時間に依存)という高性能のWebブラウザ「朝刊」。この高性能ぶりに、「朝Web」は太刀打ちできない。
注2:「インターネットする」という表現は、まあ、、いいじゃない。
注3:今回の[今日の一言]は、暫くしたら[コンピュータの一言]に移動します。
某月某日
深夜のオフィス。外は梅雨のまえぶれを告げる、生暖かい雨。300平米ほどのフロアに、まばらな人の気配。肩までの高さに仕切られたパーティションの一角に座り、ディスプレイを見つめる。蛍光管がたてる微かな高周波。
周囲に置かれた、数十台の PC やサーバーから聞こえる、「フーン」という独特の音。空冷ファンや、ディスクプラッターが回転する音だ。夜はマシンが元気。
時々、自分自身が立てるキーボードの音がする。
やがて、同僚の人が、パリパリとポテトチップを食べる音。パリパリ、パリパリ。
別の人がビニールをガサガサやる音。プシュー、パカッ。ん、それは「かっぱえびせん 紀州の梅」(缶入り)だな。
みんな、腹へってるのね。
某月某日
部署でカラオケに行った。
途中で、トイレに行った。トイレは、男女共用で一室しかない。用を足していると、外では、17,8 のアホそうな女が(声で分かった)順番待ちをしていた。
「なんだー、うまってんじゃーーん」
とアホ女。
「ちょっと待ってれば空くって」
とお付きの馬鹿男。死にてえかアホ、と思いながら済ませて外に出る。
僕は紳士的な態度を崩さず、奴らの脇を通り過ぎた。その背後から聞こえてきた声。
「なんだ、オッサンじゃん」んだとーー。オッサン?誰が?どのように?
生まれて初めて、赤の他人に「オッサン」と言われたのだ。この、今日という日に。なんちゅーことを言うのだ、君たちは。カラオケの部屋に戻って、その怒りを伝えたところ、
「赤飯を炊こう」
「今日は記念日だ」
「やっぱり」
「アハハハ」などの暖かいご声援をいただいた。ふざけんな。僕は、そんな年齢ではない。
深く傷ついた僕の心は癒えそうもない。オッサン、、。
某月某日
「自分はっ、大学時代はっ、、」僕の横で、さっきから一人称「自分は」を繰り返している、ゴリラみたいな男を眺めていた。営業所の空調は切られていて、開けはなった窓から、初夏のなま暖かい風が吹き込んでいた。
「で、キミはどうなのかね?」僕に質問が振られた。多分、この会社は、一人称に「自分」以外を使う人間を必要としていない。それは、今までのやり取りから、既に確信していた。
「はぁ、私は、、」やたらめったら出した、就職活動のセミナー申し込みハガキ。僕は、ほとんどあらゆる業種に応募した。中でも、移動通信関連産業には、最も注目していた。折しも、携帯電話市場が、爆発的な成長を始めようとしていた時期であり、そこには際限ない右肩上がりの予感があった。
そして、てっきり通信業界かと思って参加した「その会社」のセミナーの資料には、意外な業務の実体が書かれていた。その会社、社名は通信関係のサービス業を匂わせているが、実はコピー機と携帯電話のディーラーだった。資料を読めば、会社の体質は一目瞭然。営業成績とそれに伴うインセンティブが全て。つまりは金が全て、ということ。そんなの、願い下げだ。面接試験以降、僕はその会社に二度と呼ばれなかった。
しばらくして、新聞の一面に、しばしばその会社の名前が登場するようになった。間もなく、その会社は急激な株価の上昇によって、日本の新興企業の代表格に祭り上げられていった。証券会社が「お勧めの銘柄」として紹介し、週刊誌には提灯記事が踊った。ネット関連株と言われていたが、実際はそうではない。結局は、携帯電話を中心とした物販会社だった。しかし、その会社の株がブームになってしまうと、だれもそんなことは気にしなかった。
あの会社の業態、あの会社の戦略で、その株価は妥当なのか?そんな疑問にはっきりした回答はないまま、株価は上昇を続ける。僕は、その銘柄に全く関心が無かった。だって、コピー機と携帯電話のディーラーなのだ。それ以上でも、それ以下でもない。
一時期、20万円を超えた株価は、初の営業赤字決算を境に突然暴落する。連日ストップ安、売りが殺到しての比例配分、関連会社の相次ぐ倒産と、株主にとっては悪夢のような2ヶ月が過ぎた。今では株価 5,000円を大幅に割り込みながら、なおも下げ続けている。
安物の折り畳みテーブル、パイプチェア、冷房の切られた室内。にこやかで、無個性な面接官。とにかく金を集めてくること、それ以外は、最低限で十分。僕が見たあの会社の印象は、そんな感じだった。人間を使い捨てにしそう、そんな気がした。そして数年後、ついに一つの幕切れ。