今日の一言。
2000年 3月の一言 

某月某日
---

最近は、さすがに肩書きで呼び合う会社も少なくなって来たのではないかと思う。「〜さん」付けが一般的だろう。しかし、「〜さん」で終わりというわけでもあるまい。言葉は変化する。

社達:従業員及び、その他の雇用員間の敬称は、「〜さん」付けを廃止し、全て「〜っち」に統一するものとする。なお、日本語での表記時には「〜っち」英語表記の際は「〜tch」とすること。なお、この通達は即日発効とする。

こういうのが来たら結構痛いのではないだろうか。
 あるいは、

社達:従業員及び、その他の雇用員間の敬称は、「〜さん」付けを廃止し、全て「〜らー」に統一するものとする。なお、日本語での表記時には「〜らー」英語表記の際は「〜rar」とすること。なお、この通達は即日発効とする。

とかさ。



某月某日
---

ちゃんと見ようと努力し、その度に挫折してしまう映画、タイタニック。前振りが長くて耐えられないとか、よく見るとあの CG はやはり CG だとか、ケイト・ウィンスレットが頑丈すぎるとか、僕なりの理由はいろいろある。

しかし、その最大の原因は、主演であるレオナルド・デュカプリオの格好良さが僕には全く理解できないことにある。映画のヒーローというのは、ああいう、頼りなげな人ではダメだ。(羊ページはまた敵を増やした)

じゃあ、誰が真にカッコイイのかと言えば、そりゃスティーブン・セガールに決まっている。(いえ、あくまで僕の意見ですが)

強く、渋いこと、それがカッコヨサの基準だ。セガールは強い、間違いなく強い。元重量挙げの選手アーノルド・シュワルツェネッガーが、本当に悪党を倒せるのかは疑問だが、合気道の使い手セガールならば倒せるだろう。007 のピアース・ブロスナンは少し渋いが、セガールは生まれたときから中年だったんじゃないかと思うほど渋い。

彼が主演の映画は、どれも安心して観られる。脚本がいいとか、別にそういうことはないが、間違いなく「ある種楽しい」。超大作があるわけではないけれど、その B 級具合がかえって安心できる。東洋系の格闘映画にありがちな、悲壮感が無いのもいい。映画の中のセガールは問答無用に強く、そして、何があってもハッピーエンドになるのだ。



---


セガールで思い出したことが一つ。

アメリカでのこと。地下のショッピングモールをプラプラ歩いていると、ふとサインばかり売っている店を見つけた。品揃えは、スポーツ選手や歌手のサインが中心。しかし、その一角に何故かセガールのサインを、僕は発見したのだ。これは、凄い。運良くというか、運悪くというか、その時店員は昼飯を食べに出てしまっていた。ウインド越しに、しげしげと眺める。

値段は、数万円といったところだったと思う。店員が居たら、思わず買っていたかもしれない。というか、間違いなく買っていた。セガールは、カッコイイのだ。数万ぐらい払っても、問題ないのだ。



---


僕は、結局、タイタニックを未だちゃんと見ていない。この際だから、リドリー・スコット監督、スティーブン・セガール主演でタイタニックを撮っていただきたい。タイトルは、「沈黙の客船」だ。少なくとも、僕は見に行くから。



注:羊ページ管理者は、レオナルド・デュカプリオ及び、そのファンの方に、何ら挑戦的な意図は持ち合わせておりません。



某月某日
---

腹をこわした。

こういうときに、何かを書こうと思っても、無理。頭にもやがかかったようだ。心当たりは、やまほどあって、よく分からない。中でも、牡蠣とかは怪しかったような気がする。アレか? アレなのか?



某月某日
---

羊ページ管理者は人と違う道を行く。本人が望もうと、望むまいと。

しかし、流行には迎合するタイプだから、本流の脇を常に離れない。そういうわけで、僕は花粉症だ。でも、杉ではない。桃か、梅だ。

世間がまだ、花粉症の気配も感じていない冬2月。季節を先取りして、僕の花粉症が突如始まる。サングラス無しでは(僕はコンタクトもメガネもしていない)外を歩けない。目と鼻が機能しないのは当然として、日によっては、常に熱っぽかったりする。そして杉花粉がピークを迎える晩冬3月、僕の花粉症は、何故か収束してゆく。

いったい何の花粉なのだ、というのはよくわからない。杉でないことはハッキリしている。天気予報が「今日は杉花粉の嵐です」と言っている日でも、全く平気だ。仲間内で、いったい何の花粉だろうという議論があり、結論としては季節的に梅か桃、ということになった。

梅花粉症、桃花粉症。かっこわる。



某月某日
---

基本的に、いつも閑古鳥が鳴いている羊ページは(最近は読者の方も増えましたけど)、少しでもアクセス数を稼ぐため、日記猿人という日記リンクサイトに登録をしている。

日記リンクサイトの大手である、日記猿人には数千の日記サイトが登録している。日記猿人には、日記の更新を報告できる機能があり、視聴者(?)は新着順に表示される更新リストの中から適当に選んで、日記サイトめぐりができる。

さて、自分のサイトを更新して更新一覧を眺めると、どうしても羊ページの前後に更新したサイトが目に入ってくる。言ってみれば、今日のご近所さんだ。僕は、自分の前後にきたサイトには出来るだけ行ってみることにしている。面白い日記サイトとの出会いは、偶然の力に頼るしかないのだ。

ある日、更新リストで、羊ページの下をみてみると、「萌え萌えアニメ日記」というサイトが目に入った。はっきり言って、ここまで「押しの強いタイトル」というのは、めったにない。内容を簡潔にして十分に示すタイトル。何かわからないが、伝わってくる強力なメッセージ。こちらは、「羊ページ」である。なんと押しの弱いことか。とりあえず、ご近所さんのよしみで中身を見てみることにした。

、、よく分かりませんでした。

僕には、ある種の知識が足りないようだ、ということは分かりました。ここが、読者層を明確に絞ったサイトなのは確かです。内容も、凄く充実していると思われます。ターゲットを明確にする、というマーケティングの基本を守っているだけあって、羊ページなんて話しにならないヒット数を誇っています。なによりも、その「押しの強いタイトル」で勝利しています。うーん、「羊ページ」もなんか名前を(サブタイトルでも)考えた方がいいかもしれませんね。あるいは、ページを畜産関連のコンテンツに一新するとか。

、、やらんが。



某月某日
---

今日は何故か、ですます調。

就職活動の時期です。私は昔、「たこ焼きパックをつくっている会社」を受けて、落ちました。職業に卑賤は無いと言いますが、たこ焼きパックをつくる能力も無いと思われた自分。どうやって、就職活動を続けていけばいいのでしょうか、悩みました。別にたこ焼きパックをつくることが簡単だとか、そういうことは言いませんが、なにも落とすことはないでしょう、落とすことは。

さて、たこ焼きパックをつくれないと思われた人間でも、コンピュータ業界は優しく拾ってくれました。少し意外ですね。寛大な業界です。たこ焼きパック屋に落とされて落ち込んでいる人は、コンピュータ業界に行きましょう。きっと、拾ってくれます。丁度、インターネットとか流行ってますから、拾われて入っても、世間からはさほどバカにされたりしないと思います。

それから、エアーキャップ(通称:プチプチ)をつぶすのが大好きな人にも、この業界は向いています。世の中には、プチプチをつぶすのが大好きな人がけっこういると思いますが、クッキーの缶の底に入っているようなチマチマした代物では、物足りなさ感で一杯なのではないでしょうか。コンピュータ屋は、山ほどエアーキャップを使います。特に新人のうちは、梱包作業とかもやらされますから(というか、仕事が専門的なのでそのぐらいしかできない)、平方メートル単位でプチプチを使うことができます。

梱包に使うエアーキャップを全部つぶしてしまったら、梱包係からホワイトボード掃除係に格下げになるでしょうが、少しなら持ち帰ってもばれません。(というか、使用済みのものが、ゴミ捨て場にいくらでもあります)思う存分、家でつぶしてください。あと、プチプチマニアにはたまらないと思いますが、大きなものを梱包するために、特大のプチプチがついたものもあります。1プチが直径2cmくらいあります。これなどは、つぶしたときの充実感が格別です。私には、どうでもいいことですが。

まあ、そういうことですので、就職活動にうんざりしている皆さんも、できれば、幸せな職場を見つけられると良いと思います。それでは。



注:この文章には、たこ焼きパックの製造・販売に従事している方を揶揄する意図は全くありません。たこ焼きパック無しに、関西の食文化は語れません。私は、たこ焼きはキライですが。



某月某日
---

本日の、今日の一言には、ゲイリー・マーシャル監督「Frankie & Johnny」のラストシーンに関する記述が含まれています。まだご覧になったことが無い方は、ご注意ください。


寝る間際、久しぶりに映画を観た。ゲイリー・マーシャル監督の、「Frankie & Johnny」。

出演はアル・パチーノ、ミシェル・ファイファー。キャストは豪華だが、筋は恋愛恐怖症のウイトレスと、バツイチのコックの恋模様という、えらく地味な映画。夜も遅かったが、画がキレイだったのと、共演の二人の会話の妙で、つい最後まで見てしまった。

ラスト・シーン。雑然とした部屋に黄金色の朝日が差し、街は動き出そうとしている。二人は、アパートの出窓に腰を下ろして、歯を磨いている。ついさっき、二人は別れようとしていた。一瞬のすれ違いが、あるいは永遠に互いを隔ててしまったかもしれない。その時女は、自分の運命を、自分だけで背負うことに、決めかけた。でも、そうはしなかった。もう一度、自分以外の誰かと、生きることを選んだ。そんな出来事を越えて、二人は少しだけ新しい場所に立っている。新しい場所、向かい合って座る。朝日の街を見つめて、歯を磨いている。

たぶん僕は、出窓に腰を下ろして、恋人と歯を磨いたことはないと思う。でも、そういう朝もあったんじゃないか?そんな気が、ふとしてしまう。こんな空気が流れるときが、確かにある。やがて、記憶は薄れ、失われてしまうのかもしれないけれど。ラスト・シーンを、そんなことを思いながら、観た。

監督のゲイリー・マーシャルは、プリティー・ウーマンで名を馳せた監督。ただ、僕は、こういうスケールの小さい映画の方が、むしろ好きだったりする。



邦題:「恋のためらい フランキーとジョニー」あまりにも、あまりな、邦題。これじゃ、誰も見ないよ。



某月某日
---

駅の柱に、ぽつんと書いてあった落書き。

階段の横のクリーム色の柱に、ぽつんと、しかしクッキリと、マジックで。落書きと言い切るには詩的で、けれども詩にしては間抜けで、思わず目が釘付けになってしまった。

あてもなく、なんなのだろうか、、。



[home]

© 1996-2008 sheep