某月某日
今日の[羊の一言]は、「僕の町」というタイトルでみんなで日記を書きましょう、という企画に参加して書いています。気合を入れて書いた、というよりも、なんとなく書いてみたら書けたので、参加しただけですが。この企画に関して、詳しく知りたい場合は[こちら]で。
自分の育った町を見に行こう。そんな風に思ったのは、丁度、今ぐらいの季節だったと思う。
その町は、実は、今住んでいるところから凄く近い。引越しに引越しを重ねていたら、いつの間にか近くに戻ってきた。おかげで、電車にほんの少し乗れば、着いてしまう。
しかし、僕にとっては、もはや、なんのつながりも、なんの価値もない町。出て行って、10年、一度たりとも戻らなかった町。
その町は、僕にとって唯一、故郷という事ができる町なのではないかと思う。残念なことに、僕の家族はその町が、多分キライだろうし、その町の思い出を口にすることもない。しかし、自分が幼年時代を過ごしたその町が、僕にとってはやはり故郷だ。親の仕事の都合で、何回も引越しをするはめになった僕には、自信を持って自分の故郷だといえる土地や、あるいは、ここに帰れば懐かしい仲間が迎えてくれるという場所が無い。それでも、自分を形作るよりどころになっている記憶があり、その記憶をつくった場所がある。それが、この町だった。
なぜ、その時に、町に戻ってみようと思ったのかは分からない。就職先が決まって、時間がぽっかりと空いた。何日か考えて、ふと、その町に向かう電車に乗ったのだ。
最寄駅からバスに乗るとき、乗るべき路線が分からなかった。どのバス停で降りればよいのかも、僕にはまったく見当がつかなかった。僕は、町の思い出を自分なりに大切にしてきたつもりだったが、時間は容赦なく記憶を奪い去っていた。
結局、僕は2つばかり手前のバス停で、間違って降りた。
町には、知り合いは誰も住んでいない。自分の当時の友達は散り散りになってしまったし、何の当ても無い一人歩きだ。それでも、僕には自分の家まで迷わずにたどり着ける自信があった。この町を懐かしく思い出すとき、家までの道のりは、側溝の起伏から電柱の位置に至るまで、確信を持って思い出すことができたのだ。
しかし、僕は道に迷い、家を見つけることができなかった。何もかもが、別の町だった。僕は、ほとんど動揺していた。あのときの自分の視点、今の自分の視点。10年の時間は、何もかもを、ゆっくり、しかし確実に変えてしまった。すっかり大人になった僕の目から見た町は、小さくて、みすぼらしかった。しかし、町自体はそんなに変わっていないはずだった。特に開発が進んだわけでもなく、寂れたわけでもなく。町は、バブルの嵐を乗り越え、汚い市場がショッピングセンターになったりはしていたが、おおむね昔のままだった。僕が、あまりにも変わったのだ。
僕は、最後のカンにたよることにした。何年も歩き続けた、小学校と家との往復。さすがに、小学校の位置はわかったので、そこから家に向かって「帰る」ことにした。
家の前を3回通り過ぎて、ようやく僕は足を止めた。裏庭に咲いていた椿の花。それを目にした時、僕はようやく記憶を取り戻し、ここが自分の育った場所であることを確信した。家は、あっさりと潰されて、まるまる駐車場になっていた。僕が遊んでいた庭には、乱雑に砂利が入れられ、家の正面のブロック塀は、車の出入りのために崩されていた。玄関の脇と裏庭にあった椿が、極めて乱雑に枝を払われながらも、薄いピンクの花を咲かせていた。色あせた景色の中で、ハッとする程、綺麗な花だった。そこに、僕の家があった証拠はそれだけだった。
僕はそこに長居する気にはなれず、再び歩き始めた。暫く歩き、ショッピングセンターに戻ってみた。どこの町にでもあるような、ショッピングセンター。今の生活、今の人々。
もう帰ることにした。
夕闇が、夜の闇へ代わろうとしていた。僕は、かろうじて記憶にあった、弁当屋近くのバス停まで歩き、そこでバスを待った。弁当屋は、ずいぶん昔に店をたたんだようで、あたりは暗く、もの寂しかった。僕には、もう帰る町が残されていないことが、分かった。
それから数年、この日以来、町には行っていない。それでも、この日に味わった不思議な、そしてとても寂しい感覚は、今日でも忘れられない。
たぶん、この町が、僕が住んだ最初で最後の「町」だったのではないかと思う。豆腐売りのラッパの音も、水溜りに張った氷を割る感触も、夕暮れの路地に漂う煮物の匂いも、みんなこの町が僕に教えてくれたことだったから。
某月某日
作業をしていたら、指を、PCに食われてしまった。
中指の先を、ざっくり。おかげで、キーボードがうまく打てない。
でも、面白い単語が勝手に書けるようになった。
「羊ページャ」なんとなく売れそうな気もするが。
注1:ページャー、いわゆるポケベルを英語で言うと、pager (or beeper)になる。恐らく、羊ページャはしっとりした感じの仕上げだと思われる。そういえば、以前、MCP(Microsoft Cerifid Professional)の試験問題で、「障害の発生時に、管理者のためのページを出力する。」という選択肢を見たことがある。多分、元々の英文は、「障害の発生時に、管理者にポケベルで連絡をする。」だろう。ページを送られても困る。
注2:別に指先が無くなるほどの怪我ではなくて、普通に切ったぐらいだが、少しえぐり気味に切ってしまったのでなかなか直らない。
某月某日
コンピュータ屋は、少し面白くない。
コンピュータを買うお客がやることは、決まりきっている。変わり映えしない。メールサーバーが欲しいとか、インターネット上で仮想のお店をやりたいとか、そんなものだ。
例えば、コンピュータを買って、それを見ながら一杯やる人はいないし、バルコニーに置いて、その上で花を育てたりもしない。ドラマは、あまりない。
帰りの電車の中で、目の前に立った若い女性の買い物袋が、僕の目を惹いた。
別に覗き込んだわけではなく、座席に座った僕の目の前で、手に提げられた半透明の買い物袋がゆれていたのだ。中身は、なんか脈絡がないが、ビオレ毛穴すっきりパック、微香空間詰め替え用(レモン)、何かの雑誌、とかとか。
この人は、家に帰ったらパックをペタペタ貼って、切れかけた微香空間の中身を詰め替えるのだろうか。妙に、リアルな生活感。脈絡がないと書いたけれど、この二つの商品がある生活。くたくたに疲れてもパックをペタペタ貼り、芳香剤を切らさない生活。そこには、小さな頑張りみたいなものがある。
僕の仕事には、そういう感傷の入り込む余地は、あまり無い。サーバー達は、たいてい、冷房の効いた部屋で休み無く使われ、そのまま役目を終える。
例外はある。
僕が売ったなかで、一番ドラマティックに使われているのは、きっと漁港で使われている小さなサーバー。塩水なんかもかかりかねない所で、荒くれ者の漁師に囲まれて、今日も動いている。ガンバレ。
某月某日
本とか、学問とか、そういうものは実際の仕事には役に立たない。
そんなことはあるまい。仕事に直ぐに役立つ、「実学」と言ってよい本や学問は、沢山ある。
例えばD・カーネギーの「人を動かす」なんていう本は、営業を生業とする人なら是非読んでおきたい、対人交渉の実践的な教訓集だ。あるいはコンサルティングの世界では有名(?)な「ケプナー・トリゴー・ラショナル・プロセス」は、きちんと体系化された問題分析の手法であり、正確に学問と言えるかは分からないが、現場でとても役に立つ。
種類もレベルもいろいろあるが、これらは、真理を探求するというより、実世界で成果を出すことを目的とした、極めて実践的なものばかりだ。そして、これらをうまく応用すれば、自分が持っている既存の考え方・やり方を壊して、仕事に新たな広がりを持たせることができる。こうした新しい考え方は、本を読んだり、数日間のトレーニング(講習会)に参加したり、あるいは、本格的に学校に通ったりすることで、仕入れることができる。後は、実際の仕事で使うだけだ。
しかし、なにせ実世界への応用だから、その実践には多少の痛みが伴う場合もある。
しばらく前の話になるが、僕はお客とのミーティングをすっとばした。状況としては、お客とのミーティングが始まる時間に、僕は依然として遥かかなたの地点で電車に乗っていたのである。はっきり言って、時間の計算を間違えた。
僕が行かなくても、ビジネス上は全く問題ないミーティングだったが、お客相手にこういうことをやったのは、入社以来初めてのことだ。しかも、悪いことに、そのミーティングには僕の直上の(report toってこと)マネージャーも参加していたのだ。更に悪いことに、「会社はなめても、お客はなめない」が口癖の、カリスマ・コンサルタントも、参加メンバーだった。挙句の果てに、そのメンバーも含めて、午後は定例のチームミーティングである。
状況が、悪い。「ケプナー・トリゴー・ラショナル・プロセス」は、製造ラインの問題分析は出来るが、ミーティングをすっとばした際の対処ついては、なんの指標も出してくれない。
ところが、別に責められなかった。
拍子抜けするぐらい、文句も言われなかった。現在の僕のマネージャーは、口うるさい人ではなく、むしろ「癒し系」なのではあるが、それでもおかしい。なんで?
その理由は、後日判明した。
つまり、僕がミーティングをすっとばした前日、マネージャーはあるトレーニングを受けていた。それは「部下を育てるリーダーシップ講座」。曰く、「部下を育てるためには、最初の失敗に対して、過度に責めたててはいけない」。この素晴らしい講義に感銘を受けた(多分)マネージャーは、翌日、早速それを実践するはめになったのだ。申し訳ないことに、、。
某月某日
蛇の毒は、単に餌を得るための道具にすぎないという。
つまり、蛇の毒は本来攻撃のためにあるのではないし、蛇は攻撃のために生まれてきた動物でもないのである。人間側の勝手なイメージが、蛇を攻撃的で致死的な動物だと決め付けている。大半の蛇は、人間なんて食べないので、人間相手に毒を使いたくはない。しかし、人間は蛇の致死的な能力に怯え、蛇を捕獲し、殺そうとする。であれば、彼らも、その致死の液体を戦いに使わなければならなくなる。彼らは、本当は食事のネズミを獲りたいだけなのに。
別に蛇の話しがしたいのではない。人の話しをする。
人は、自分には理解できないこと、力の及ばないことをする他人を恐れる。ありていに言えば、自分には無い能力を持っていたり、自分の立場を脅かすような力を感じさせる他人に不安感や不快感を持ち、それを排除しようとする。クラブで足の速いヤツ、クラスで偏差値の高いヤツ、ゼミで弁の立つヤツ、バイトでお客に評判のいいヤツ。自分の能力と、相手との差。それは、やっかみとともに、恐怖を呼ぶ。そして恐怖は、理由無き攻撃を生む。
直接殴り合ったり、剣で雌雄を決することがなくなった現代、人と人との戦いは、知恵を絞った策謀の仕掛けあい、あるいは、卑劣さ比べになる。人の知恵は、蛇の毒と同じように、本来は攻撃のためにあるのではない。しかし、そのように使う事だってできる。
冷静に考えれば、足の速いヤツは、試合で勝つことが目的だ。偏差値の高いヤツは、良い大学、お客に評判が良いヤツは給料か、仕事への情熱か。いずれにしても、他人を負かすことが目的では全くないはずだ。しかし、それが怖く見える。その牙が、自分に向くことを恐れる。
恐怖が、人の目を曇らせ、冷静さと分別を奪い、無意味な争いと足の引っ張り合いを生む。
蛇は、生命を脅かされたと感じれば攻撃してくるが、それ以外では極めて安全な動物だ。彼らは優秀なハンターであり、ネズミなどを捕食して、結果として人間の育てる穀物なども守る。理解しあうことは難しくとも、お互いにお互いの役割というものがあるのだ。
人と人も同じこと。蛇を殺すのは愚か者のすることだ。
某月某日
近くの駅に、ピザ屋ができた。
駅は、都心から離れているせいで、構内がやたらと広い。駅ビルのエントランスは、6階までの吹き抜けになっていて、クリスマスには、15メートルぐらいあるクリスマスツリーが、春には、桜の巨木が、まるごと飾られる。
改札口の周囲も、やはり相当に広い。駅が改築されてすぐは、がらんとした何もない空間が広がるだけだったが、いつの間にか売店やら、マクドナルドやらが出来始めた。そのうち、小さなコンビニとか、アクセサリーや化粧品などの雑貨を売る店も登場した。
しまいには、ちょっとしたカフェができた。なぜカフェかというと、駅の中なのにオープンテラスがあるからだ。数量限定のスペシャルメニューもやっているし、エスプレッソも出す。ここまでやれば、いくら駅構内にあるとはいってもカフェと呼ぶしかあるまい。
ほとんど、改札前商店街。
商店街に新しい店が出来ると、開店の初日はなんとなく面白い。朝、会社に行きがけに見ると、真新しい店が、まさに営業を始めようとしている。神妙な顔をした、一目で関係者と分かるオジサン達が、遠巻きにしながら店の様子を窺がっている。ピリピリした店員が待ち構える、ちょっと異様な雰囲気の店に、それでも徐々に人が入り始める。オジサン達は、ひそひそ話しながら、心配そうに店の様子を見ている。
それから数時間、僕が会社から帰ってくる頃には、店は昔からあったかのように、普通に動き始めている。そうやって、新しい店が、風景の一部になっていく。
さて、その改札前商店街の一角に、突然、ピザ屋ができた。ピザ屋といっても、持ち帰りだけの小さな店だ。
店の大きさは、ほんの数平米。これ以上はこじんまり出来ないだろう、というぐらいこじんまりした店。しかし、いちおうオーブンというか釜というか、そんなものはある。値段は、市価の半値ぐらいで、フルサイズのピザが1,000円からの値段で買える。宅配サービスや、食べるスペースを省いてあるから、その値段で出せるのだろう。
店員はたいてい、バイト(多分)の女の子が2人。1人が焼きで、1人が呼び込みだ。周囲には、いつもピザの焼きあがる香ばしい匂いがしていて、美味しそうだ。メニューも、何種類かあって、1人でつまめるミニサイズのピザも用意している。
しかし、僕は、客を見たことがない。
別に、不味そうではぜんぜんない。しかし、誰も買わない。僕は、誰も取らないチラシ配りとか、人気の無いストリートミュージシャンとか、有権者が集まらない選挙カーとか、そういうものに同情してしまう性質だ。同情というのが言いすぎなら、関心を持ってしまうと言っても良い。それだけに、この客の無さ加減が、なんとも興味を惹く。なんで客がいないんだろう。
実は、何度か買おうと思ったことはある。しかし、その度に困るのは、買うべき理由が思いつかないこと。僕には、そこでピザを買う理由が何も無いのだ。アツアツをテイクアウトしても、駅から僕の家までは、ピザが冷めるに十分な距離がある。でも買ってみたい。僕が好奇心に負けるのが先か、その店が潰れるのが先か。どっちが早いだろう。
僕が住む街には、売れないピザ屋があるのだ。
某月某日
一部で好評の「Y2K現状報告のコーナー」、こんにちは、羊ページです。
全社を挙げたY2K対策は、空振りに終わりそう。と思ったら、Y2Kそのものではなく、Y2Kへの準備がもたらした不幸な事件が2つ。
その1。
僕の隣の席のコンサルタントが、新年、爽やかに自分のPCの電源を投入したところ、いきなりマシンが沈黙してしまった。ハードディスクが回らない。
Y2Kもあることだし、ということで、年末に、普段は絶対に落とさないマシンの電源を落として帰ったが、結局、マシンは二度と立ち上がらなかった。同僚のエンジニアの「あっためてみればー」というアドバイスにすがったものの、やはりダメ。ファイルが救えないと分かったその人は、潤んだ目でカラカラと笑っていた。
全てを失ったその人曰く、「ハードディスクの死を前にして、人は無力だ」。ただ、全てを消去してしまうと、「ある種のサッパリ感がある」らしい。なんか、分かる気がする。
その2。
Y2Kの原因を作ったのは人間、対策を行うのも人間。人間は、飯を食う。
Y2Kの非常時に備えて、僕の会社でも水とか、カップラーメンとか、紐を引くと暖まるカレーなどの食糧が用意された。それらの出番は、結局は無く、Y2K対応が暇で暇で仕方の無いスタッフが、暇つぶしに消費することになった。ただ、あまり積極的に食べたいものでもないので、減りは鈍い。まあ、もともとが非常食なのでほって置いて腐ることはないからいいが。
しかし、なんか路線の違うものを用意した会社もあったようだ。
Y2Kに備えて何を買うべきか考えた担当者は、まずは、お正月を会社で祝うためのものが必要だと判断。とりあえず、おせち料理や、新年を祝うシャンパンを注文。更に、スタッフの意見を聞いて、ビールとポテトチップス、ビーフジャーキーも用意した。しかし、それだけでは、なんとなく心許ない。もしもの時には、もうちょっとスパルタンなものが必要だ。そこで、みかんとバナナを大量に注文。これなら、おやつにもなるし、非常時には食事にもなってバッチリね、と考えたらしい。
みかんとバナナ。登山じゃないんだから、、。
結局、Y2Kによる非常事態は何も起こらず、ダンボール箱一杯のバナナだけが残された。オフィスには、バナナが熟し、やがて腐ってゆく臭いがたちこめつつあるらしい。バナナは腐る寸前が一番美味しいらしいけどね。
その2は、羊ページの読者の方から聞いた話しだ。それが、あまりにも面白かったので、Y2Kのスタッフに話したら、受けた。
そこで、皆で大笑いして楽しかった、とその人にメールを出したら、「担当者はワタシです。みかんとバナナは笑うところではない(怒)」との返事が、、。
注1:昔のハードディスクは、湿度が高かったりするとベアリングのグリスが固まってしまい、動作しなくなることがあったらしい。
注2:ファイルの大半は、ファイルサーバにあったものの、最近つくった分は、ダメだったそうだ。ハードディスクは、ある確率で壊れるものなので、その前提で使わないといけない。回っているものは、いつか止まるのだ。しかし、医者の不養生とはよく言ったもの。
注3:その2の掲載にあたっては、事前に「担当者」の方からネタに使ってよい旨、了解を得ています。
某月某日
電池が弱まり、通話可能時間がウルトラマンの滞在時間より短くなった携帯電話を、新しい端末に買い換えた。通信業者を変えようかとも少し思ったが、「めんどくせー」「どうでもいいー」「寒いー」などの心の声に負けて、機種変更に止めた。
通信業者の変更を思いとどまったもう一つの理由、208系以降はフルレートでの通話がサポートされ、通話品質が改善されているのだ。僕が携帯端末に求めるのは、強靭なバッテリーと、耳から血が出るくらいに十分な音量(別に難聴ではない)、それと通話品質だ。その意味では、208はだいぶましになった。他にも、色が変わる液晶とか、3重和音の着信音とか、いらない機能が満載だが、それは、いらない。i-modeじゃないのか、という話しもあるが、なんで電車の中でまでメール書かなきゃならんのだ。いらない。
前回、携帯を選んだときに、よりによって伝説的に性能の低い、あのN203を買ってしまった苦い思い出から、今回はいささか趣向を変えて、新たな選定基準で買ってみた。メーカーの株価だ。勝者は、最近ぐんぐん株価の上がっている注目の会社、松下通信工業のP208。株価が高い->業績が良い->開発費がかけられる->良い製品ができる、という発想。こう考えると、あんまり悩まなくていい。どうせ日用品みたいなものだし。
ただ、株価で買うものを決めるというのも、実際には、いささか敷居が高い。僕の場合は、通工の人と話したことがあって、その実直な感じが良い印象だったのも選択の理由。そういえば、以前使っていたPHSも通工のやつだった。「株価で選ぶ」というのとは矛盾するが、人の顔が見えているものの方が、買いやすい。「めんどくせー」「どうでもいいー」と思っている割には、いろいろ考えてるな、、。
で、使ってみると、なかなか良いと思う。機能が多い割に操作しやすいし、高音が耳障りだが通話品質もそう酷くない。3重和音の着メロは、単音の端末と聴き比べると、全然印象が違って面白い。でも、所詮は普通の携帯なので、すぐに飽きた。やっぱi-modeにすれば良かったかな、、。
注1:羊ページの作者は寒さに弱い。
注2:フルレート通話は、DoCoMoのカタログではハイパー・トークという名前になっている。
デジタル携帯端末は、音声のデータを圧縮して基地局に送っている。基地局と、端末の間は無線通信で結ばれるが、従来のNTT DoCoMoデジタル端末は、無線で本来送れるはずのデータ量の半分しか送っていなかった。半分の割合で送っているから、ハーフレートということだ。そうなれば当然、音声データはかなり圧縮されて(間引かれて)しまい、それが「DoCoMoは音が悪い」と言われる一因でもあった。
なんでそんなことをするかといえば、ハーフレートにすれば単純に2倍の端末数をサポートできるから。で、今回のフルレートのサポートで、ようやくJ-PHONEのようなフルレートのサービスと並ぶようになった。(実は、DoCoMoも最初はフルレートだったのだが、加入者の増加に伴ってハーフレートに変更されたという経緯がある。そして、またフルレートに戻ったのだ)
某月某日
Y2K記録の続き。
あまりにも暇なので、みんなでWebサイトを巡った。シフト終了まであと30分のところで、宇多田ヒカルのサイトに行き着く。日記をみんなで読んでいたら(なんで、みんなで読むかな)、プリンの賞味期限の話が書いてあった。さっき食べたプリンの賞味期限が、丁度、コンサートの終了日と同じで、コンサート近いなと思った。そんな感じの内容。そういう何気ない、心のひっかかりを書けるのがいいなと思う。
しかし、有名人になっても、プリンの賞味期限は見るんだね。
あと5分でシフト終了。
某月某日
Y2Kの記録を後世に伝えるため、ここに記録を残す。
1日目。
Y2Kの電話サポート要員で出社、したが、すげー暇。
新年の挨拶でもいいから、誰かかけてきてくれ。午前中は一本も電話が来なかった。
午後は帰ってよくなった。
帰るついでに、近所のサイゼリヤで昼ご飯。せっかくなので、ピザ、小海老のサラダ、パスタとビールで新年を祝った。やはり海老はうまいということを確認。いろいろ食べて1人1000円ちょっと、妙に安い。
2日目。
Y2Kの電話サポート要員で出社、したが、すげー暇。
苦情でもいいから、誰かかけてきてくれ。午前中は一本も電話がこなかった。
非常食として確保されていた「紐を引くと暖まるカレー」と「2000年記念ホットヌードル」を昼飯に食べる。無料。失敗点としては、全館空調が停止しているらしく、室内にえもいわれぬ臭いが立ち込めた。周囲の人、ごめん。午後はボランティアで残る。(給料はキッチリもらうが)依然として何も起こらない。他に残っている人たちとともに、暇との戦いが続く、、。明日もこんなんか?
ちなみに、この記録に食べ物の話題しかないのは、他に特筆すべきことがないため。
某月某日
Y2Kで出社したはいいが、ゲームも飽き、Webも飽き、CDも飽き、そろそろ飲みに行きたい皆さん、ご苦労様です。羊ページです。私は家から皆さんを応援しています。ガンバレー。
羊ページは、あんまり面白くないページですが、この際、Y2Kな皆様のために特別体制で更新しています。嘘です。
テレビを見ていたら、自分の勤める会社のY2K対応センターみたいなものが中継されていた。
カリフォルニア本社からの中継。部屋の雰囲気は、至極、のんびりしたもの。何人かのスタッフが、電話に対応していたが、貴様絶対私用的内線電話だろっ、て感じの表情。中には、ディスプレイに真剣に向かっていた人間も居たけど、それはソリティアに違いない。
レポーターのインタビューに答えていたセンター長のポール(仮名)
「どーすか、感じは」
「うーん、なんもないねぇー」みたいな。
しかし、僕がふと気が付いたのは、奴らが「Y2Kプロジェクト・スタッフ・シャツ」らしきものを着ていたこと。それって、君らだけ?もうY2Kの興奮が完全に抜けきった3日からシフトに就く、海の向こうの僕には無いの?無いんだろうな、やっぱ。
注1:作者は景品や、記念品や、ノベルティーがキライではない。
注2:そういえば、西暦はキリスト教の歴。当然、仏教、イスラム教、ユダヤ教等は異なる歴を持っている。そう考えると、2000年という区切りは、世界中で通用するわけではないことに気が付く。今回の騒動は、コンピュータ社会を支える文化が、欧米キリスト教圏の文化に偏っていることを実感させた。
注3:事前の努力が、今日の暇をもたらしたと思えば、スタッフ偉い。
某月某日
Y2Kで出社したはいいが、やることが無くて暇で暇で仕方ない皆さん、ご苦労様です。まだまだ帰れませんね。明けましておめでとうございます、羊ページです。
羊ページの作者は、残念ながら皆さんの退屈を癒すような面白いことが書ける人間ではないのですが、90年代の皆様のご愛顧に感謝するとともに(90年代か、、)新年のご挨拶もかねて更新しています。今年もよろしく。
最近見たコマーシャルの中で、少しいいなと思うのはネスレのコマーシャル。(ネスレは、ネッスル ブランドやネスカフェで知られる、ヨーロッパの超大手食品系コングロマリット。インスタントコーヒーというものを世に送り出した会社)
革ジャンにメタルな衣装で身を包んだ、ハードコアな感じの人たちが、カフェでコーヒーを飲んでいる風景が映る。なんかのライブの後か、あるいは、クラブの帰りか、みんなで盛り上がって楽しそう。で、カメラが引いていくと、その中の一人は、車椅子なのだ。でも、その風景はごく自然だ。(わざとらしく感じたりする人も、当然いるだろうが)そんな感じのシーンが、いくつかつながれたCM。
このCMを見ると、僕は単純にいいなー、と思ってしまう。そして、日本人にはまだまだこういうCMはつくれないだろうな、とも思う。
僕は、昔、整形外科に何ヶ月か入院したことがあって、ハンディキャップドな人と沢山知り合いになった。その時に、ハンディがいかにその人の本質を見えにくくしがちか、また、日本社会が、そうしたものに対していかに無頓着かを思い知った。それまで社会の一線で活躍していた人が、単に、歩けなくなっただけで仕事も友人も、将来の計画も、みんな失ってしまうのだ。
2000年の到来で、みんなが前を見るのは良いことだと思う。しかし、なにを置き去りにしてはいけないのか、を常に考えることも大切に違いない。
柄ではないかもしれないが、新しい1000年は多様性と共生の時代になるといい。まあ、100年も200年も生きられるわけじゃないので、とりあえず、革ジャン野郎の車椅子がうろうろする夜の街、そんな光景が日本で見られたらいいと思う。