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2006年1月30日

レゲエブーツ

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久しぶりにスキー。天気は快晴、集合も至って時間通りで、恐ろしく順調な進行に一抹の不安を覚えたが、直ぐに乗る高速道路を間違えるお約束の展開があったので、ようやく安心。

プチ氏は例によって、準備段階でトラブル。ブーツが見つからないため、急遽掘り出してきた予備のブーツが全然バインディングに合わないらしい。そこで、いつものように、手近にあった(なんであるのか)エアーキャップ(通称:プチプチ)にてエアダンパーを作成。

意外にも、これが非常に快適ということで、これは売れる!新製品だ!IP取得だ!起業だ!

えーと、出資者募集中です。

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2006年1月24日

ヴィタール

ヴィタール プレミアム・エディション (初回限定生産)

解剖とか医療シーンとか、相当ダメなので(昔2ヶ月ぐらい入院していた時のいろいろな思い出もあって)普通だと絶対見ないジャンルの映画。なんでこんなの注文したのかわからないけれど、amazon様がお勧めしたのを、気まぐれでクリックしたのではないかと思われる。というぐらい、入手経緯不明の状態で、観ないでほっからかしになっていた。

ストーリーは凄くシンプル。僕は内容というよりも、映画に出てきたシーンや、キーワードや、そういう断片に反応してしまった。

医学部に通う記憶喪失になった主人公の実習教材として割り当てられてきたのは、彼の元恋人の献体。医師である彼の父親が関与した布石もあるのだけれど、それがもはや作為なのか、彼女の願いの結果なのか、それとも、言ってしまえば運命なのか、その線引きの曖昧さと、線を引く事自体の無意味さ。そこは映画の本筋ではないのだけれど、妙にひっかかる感じがした。

本編が終わって、エンドロールが流れると知っている歌声。テーマを歌っていたのは、coccoだった。そして、劇中、主人公に恋をする医学生を演じる女優の名前が、KIKIだった。そんな風に、いろいろ引っかかりながら、見終わった。

それにしても、終幕間際、KIKI は主人公との別れ際に、何故、「ありがとう」と言うのだろう?

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2006年1月23日

イメージ

このところの「あの」騒動を見ていると、イメージの力を思い知る。

そうイメージ。

森タワーのエレベーターを捜査員が登っていく、そこから生まれたイメージが、メディアを通じてあまねく伝わり、人の心に流れ込み、連鎖し、巨大な力になった。市場を動かし、企業を動かし、人の命さえ奪った。イメージには力がある、イメージは流れをつくり、イメージは人の人生を変えてしまう。

その力を、良いことに使おうよ。それは、興味半分でもてあそぶようなものじゃない。

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2006年1月22日

ISO標準テイスティンググラス

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シングルモルトブームですっかりおなじみになったテイスティンググラス。ロックグラスで丸氷をぐるぐるするというのがちょっと前の大人のイメージなら(そうなのか?)、今はやっぱりこっちのグラスでストレートで飲むのがイメージではないかと思ったりする。実際、ロックで飲むよりたいていは美味しいし。

で、ワイングラスと違って、あんまりバラエティーないよなと思っていたら、ISO標準グラス(ISO 3591:1977)とかあるみたい。しかも、名前から察するに元はワイン用なのかな。確かに、グラスの形で味は変わるだろうから、しかるべきテイスティングの席では、しかるべきグラスが使用されるのであろう。

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2006年1月15日

拾った話

某掲示板に落ちていたお話。真偽の程はわかりませんが、妙に説得力がありますね。

アメリカのNASAは、宇宙飛行士を最初に宇宙に送り込んだとき、無重力状態では ボールペンが書けないことを発見した。これではボールペンを持って行っても 役に立たない。NASAの科学者たちはこの問題に立ち向かうべく、10年の歳月と 120億ドルの開発費をかけて研究を重ねた。 その結果ついに、無重力でも上下逆にしても水の中でも氷点下でも摂氏300度でも、 どんな状況下でもどんな表面にでも書けるボールペンを開発した!!

一方ロシアは鉛筆を使った。

ロシアの科学力って、なんとなくなめてるけど、宇宙ステーションに長期滞在した記録とかほとんどロシアなんですよね。

何かを解決するアプローチって、意外と身近な所にありそうです。

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2006年1月12日

面白いことを書く

最低で最高の本屋

blogでも、日記でも、エッセイでも、こうやって書いていると、なんか面白いことがかけないなぁ、ということがやっぱりある。というか、たいていそうだ。

羊ログの方は、内容のクオリティーというか、オチはあまり気にしないで書こうとは思っているのだが、「羊ページと同じ人が書いているとは思えないほど内容がひどい」とかコメントされると、それはそれでへこむ。

そんなことを思いながら、「最低で最高で本屋」を読んでいると、こんなフレーズにつきあたった。曰く、

三度に一度面白いものが書けたらいい、毎回面白くなくていいんだ。

なるほどね。作者の人は、結構有名なエッセイストで(?)軽くて、でも芯のある文章がすきなのだけれど、プロでもまあ、それぐらいの気持ちで書くほうが気が楽なんだから、そういうことでいいじゃないか、という気分になった。

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2006年1月 7日

zeiss ikon

横浜某所にzeiss ikonが売られている、という情報を得て、行ってみた。

確かに、1台だけ在庫が、、。しかし、銀ボディー。ブラックと見比べてから決めたかったので、決断しかねる。熱心に眺めていたら、触らせて貰えた。僕は、この手のレンジファインダーはほとんど使ったことがない(Tシリーズを別にすれば、ということだが)ので、なんとも言えないが、感触は非常に好ましく思えた。ファインダーも明るいし、合わせやすいように感じる。

散々迷ったが、やはり黒を予約して帰ってきた。僕の前に、4人も待ちが居るらしいが、、。
ちなみに、試したのはBiogon T* 2.8/28 ZM。なかなか好ましい感じなので、こちらとの組み合わせで買うつもり。

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2006年1月 3日

乗り回す

乗り回す。

良くある言い回し。羽振りの良いときは、高級外車を乗り回し云々、、。
えーと、乗り回す定義ってなんだろう。乗ると乗り回すは、どこに境界があるのだろう。

ベンツ、は乗り回せるな。Eクラス以上。でも、Cクラスとかは乗り回せるだろうか。アバンギャルドなら乗り回せる気がするけど。一線は、Cクラスアバンギャルド以上と見た。

BMWはどうだろう。5以上は乗り回せる。3はどうだろう。3は下手するとどこまでも所帯じみて乗ることが可能だ。車種もたくさんあって、難しいね。むしろ、1とかの方が見慣れないから乗り回せるかも知れない。Z3は乗り回せるか?それは違う気がする。

マイバッハとかロールスロイスとか、そういう消費税で車が買えるようなものはそもそも除外だ。乗り回す以前に運転手がつく。そう考えると、乗り回す人は自分で運転しているので、実はそんなにリッチというわけでもないのかもしれない。「生活?そんなものは召使いにまかせておけ」

国産車はどうだろう。売れに売れてるゼロクラウンは乗り回せるだろうか。無理だ。マジェスタなら乗り回せるかもしれない。でも、知らない人には区別が付かない。セルシオは乗り回せる。ロゴは金にしていただきたい。レクサスはどう?これからが勝負。でも、センチュリーを乗り回してしまうと、ただのヤンキーかどら息子だ。

なら、プレジデントはどうか。なんか違う。でも、インフィニティーのでかいのなら、乗り回せる気がする。ホンダは?乗り回すにはちょっと理性的すぎるように思う。

しかしなんだかんだ言っても、やっぱり乗り回すというからには、外車だろ。外車。

ポルシェは間違いなく乗り回す。ウニモグであったとしても、乗り回すだ。
ボルボは?うーん、違うと思う。サーブ、ローバー、なんか乗り回したいというよりも、それが好き、という路線だから違うな。

アメ車。キャデラック。これは乗り回す、乗り回しすぎる。コルベットも乗り回すね。むしろ、オーバルコースだけ走ってくれという感じか。でもチェロキーとかは違うしな。

脈絡無く挙げてみたけれど、結局、乗り回すイメージって車種そのものというよりも、そのオーナーのイメージなんだな。だから、エルグランドは乗り回す、ということで。(個人的印象)

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エピソード3

ちょっと前の話になるが、EP3 が面白かった、という人は多くて(と言うよりも、面白くないなんて言っている人は誰も居なかった)、でも僕にはあまり面白くは感じられなかった。

EP4 - 6は時代を切り開いた作品で、それが「オーラ」となって漂っているのだが、EP1-3にそれはない。EP4-6は創作物として、未踏の世界を指向していたが、EP1-3はそこまでの高いところは見ていない。

そうした映画そのものの部分での限界と同時に、EP4-6当時、冷戦という時代的な背景によって与えられていたテーマの普遍性が、現時点ではもう無い、もしくは、滑稽な昔話になっているという大きなハンディがあるようにも感じた。

スターウォーズは、アメリカとソ連の対立をモデルにしてつくられた映画だよ、と教えながら幼い娘と映画を見ていたアメリカ人の父親は、

「お父さん、アメリカはどっちの役なの?」

と訊かれたと言う。今となっては、誰が自信をもってその問いに答えられるだろうか。

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